[豊臣秀吉の名言からの学び]先見を持ったプロデュース力

豊臣秀吉の画像 偉人の言葉

鳴かぬなら

鳴かせてみせよう

ホトトギス

有名な戦国三武将、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康が詠んだ有名なホトトギスの俳句。

これは日本で初めて天下を統一したと言われる豊臣秀吉の言葉です。

彼は天下人であるのと同時に先見の明を持ったプロデューサーでした。

今日は豊臣秀吉が残した名言を紹介し、またその言葉から学びを書いていこうと思います。

豊臣秀吉てどんな人?

  • 生まれは百姓の子
  • 18歳で織田信長の家来に
  • 草履を懐で温める
  • 天下統一

秀吉の出身は武士の生まれではなく、百姓の子どもでした。

その時は苗字もないくらい身分が低かったという話もあります。

成長し家を出た秀吉は最初に大名である松下之綱の家臣になり、

ここで知識や教養を学んでいきます。

そして18歳の時、織田信長に雑用係的な立場で仕えることになりました。

そこで台所奉行などの雑用を率先してやることで織田家の中で頭角を現していきます。

当時の織田信長との有名な逸話があります。

雪の降る冬の日、信長が用事を済ませて玄関に行くと草履が温かかったのです。

なぜ温かいのか?」と信長が秀吉に聞くと、

ずっと懐で温めていた」と答えました。

秀吉は寒い玄関先で草履を自らの体で温めながら信長をずっと待っていたのです。

その忠義に信長はとても感激したと言われています。

そこから信長の片腕として順調に出世し、

ついに日本の歴史で初めての天下統一を果たします。

豊臣秀吉のことば

豊臣秀吉のイラスト

やるべき事が明確であるからこそ、

日夜、寝食忘れて没頭できる。

人の意見を聞いてから出る知恵は、本当の知恵ではない。

一歩一歩、着実に積み重ねていけば、

予想以上の結果が得られる。

財産を貯め込むのは、良い人材を牢に押し込むようなものだ

戦わずして勝ちを得るのは、良将の成すところである。

いつも前に出ることがよい。

そして戦のときでも先駆けるのだ。

猿・日吉丸・藤吉郎・秀吉・大閤、

これも又皆がいやがるところでの我慢があったればこそ。

言葉から見た、豊臣秀吉てこんな人!

先を読み行動したプロデューサー

身分制度の厳しいこの時代で、しかも苗字も持たない百姓の子供から、

天下を統一する武将になるのは並大抵のことではなかったと思われます。

それを実現するため、秀吉は自分が人からどう見られているかを常に考えていたと、

言葉やまた逸話から感じ取れます。

自分の身分を下に見せることで周りの嫉妬心を沈めたり、

どういう振る舞いを見せれば信長が自分を気に入り、そばに置いておきたくなるか、

などを常に考えていました。

自分自身を客観的に見つめ、

どう行動すればその先良い方向に展開するのか計算していたのでした。

それはまさに先見の目を持ったプロデューサーです。

豊臣秀吉の名言からの学び。「一歩一歩の積み重ね」

小さな積み重ねを厭わない精神力

計算高い秀吉ですが、それを実際に成し遂げるまでの膨大な努力精神力があったことを

忘れてはいけません。

信長との草履のエピソードもそうですが、

彼は信長が呼べばいつでも駆けつけられるように常に信長の側で待機していたと言います。

雑用係という小さな仕事や奉仕を一つ一つ積み重ねる。

気が遠くなりそうなその作業を愚直に行える精神力が秀吉を天下統一へ導いいたのでしょう。

ローマは一日にして成らず

(大事業は長年の努力なしに成し遂げることはできないというたとえ。)

という諺もありますが、

改めて近道なんてものはないんだなと感じさせられました。

小さなことを積み上げていくことの大切さを、

秀吉の言葉から教えてもらいました。

今日の英語

the whole country

天下統一

foresight

先見

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