【絶望・逆境の名言】ハンディキャップを持った4人の偉人の言葉から学ぶ困難を乗り越える力

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人生には大小様々な逆境、時には立ち直れないくらいの絶望に出くわすことがあります。自分の力では乗り越えられないような状況もきっとあるでしょう。

そんな時、同じような悲観する境遇からでも、それを乗り越えようと立ち上がった先人たちの歩みは大きな手本となります。

誰しも絶望や逆境がある

歴史から学ぶことは多い。

偉人として語られる人たちが、そんな絶望的な状況をどのように乗り越えてきたのか。

今回は身体的ハンディキャップを抱えながら生きた4人の偉人に着目し、不自由な身体と向き合い生きた体験からくる言葉を通して、絶望、逆境になった時にどう立ち向かうのか、その「学び」を書いていこうと思います。

三重苦と呼ばれた障害と生きた活動家、ヘレン・ケラー

ヘレンケラーの名言からの学びのイラスト3

聞こえない(聴覚障害)、見えない(視覚障害)、喋れない(言語障害)

ヘレンケラー は1歳の時に患った高熱の影響で、この3重苦と呼ばれる障害を背負い生きていく運命となります。

成長するにつれ自我が芽生え始めると、自分の障害を認識しその現実に苛立ち、暴れ回るようになりました。

愛する両親がいてもその顔すら見えず、声も聞こえない。自分の思ったことを伝えられない状況は、健常者には到底推し量ることのできない絶望感だったはずです。

様々な負の表現で表せるような彼女の境遇ですが、ヘレン・ケラーはサリバン先生という素晴らしいパートナーを得て、学ぶことの楽しさを知り、自分の人生を歩き始めます。

そして勉強を重ねながらハーバード大学の女子部に入学し、文学士号も取得。晩年まで世界中で精力的に講演活動を行いながら、自分のように障害を持って生きる人の力となりました

そんなヘレンケラーの言葉です。

ひとつの幸せのドアが閉じる時、もうひとつのドアが開く。しかし、よく私たちは閉じたドアばかりに目を奪われ、開いたドアに気付かない

世の中はつらいことでいっぱいですが、それに打ち勝つことも満ち溢れています。

筋肉が萎縮していく病気を患ったホーキング博士

ホーキング博士の名言からの学びのイラスト3

ブラックホールの研究で知られる世界的な物理学者、スティーヴン・ホーキング。

彼もまた重いハンディキャップを持った偉人のひとりです。彼は生まれてから20歳までの間は普通の健常者と変わらない生活を送ります。医者で研究者でもあった父の影響もあり、勉強もよくでき、世界トップのオックスフォード大学に進学します。

充実した大学生活をおくる中、突然の病が21歳の彼を襲いました。それはALS、筋萎縮性側索硬化症と呼ばれる病気で、脳から筋肉へ伝達のための細胞が破壊され、筋肉が少しずつやせて動かなくなる難病です。

現在でもこの病の発症原因は解明されていなく、また完治する治療法も見つかっていません。

そんな難病を突如患い、また病気を知らされた時には医者から余命2年の宣告も受けたホーキング博士。次第に体は動かなくなっていき歩くのも困難になり、声を出すことも難しくなりました。

日を追うごとに目に見えて衰えていく自分の体。

悲しみ、怒り、1日を生きることも辛くなるような状況下でも、ホーキング博士は決して弱音を吐かなかったと、大学時代の友人は語っています。

彼は常に前向きに生きることを選択し、余命2年から50年以上の延命を遂げ、偉大な研究や業績を残しました。

そんなホーキング博士の言葉です。

下を向かず、上を向いて星を眺めることを忘れないでください。人生がどんなに困難に見えても、必ずできることがある。諦めさえしなければ、生きてさえすれば、必ず望みはあるのです。

期待値が「ゼロ」まで下がれば、自分に今あるものすべてに間違いなく感謝の念が湧く。

音楽家ながら耳が聞こえなくなったベートーベン

ベートーベンの名言からの学びのイラスト3

誰もが知るであろう偉大な音楽家ベートーベン。数々の名曲を生み出した天才作曲家であった彼も若くして障害を患いました。

そしてその病気は音楽家にとって命ともいえる耳の病気だったのです。彼が難聴に悩まされるようになったのは28歳の頃からでした。そしてそこからわずか2年ほどの間で彼の耳はほとんど聞こえなくなってしまいます

幼い時から音楽と共に生きてきたベートベンにとって、音楽は生活の全てでもありました。それを続けられないような残酷な現実に、彼はひどく絶望し自殺まで考えます

遺書まで残しながら、ギリギリのところで死を踏みとどまらせたのは、そんな逆境でも音楽に傾ける情熱があったからでした。

そこからベートーベンは奮起し、「運命」や「第九」などの名曲を数々残します。そして後世にまで語り継がれる曲のほとんどは彼が耳を悪くしてから生み出されたものだったのです。

そんなベートーベンの言葉です。

神がもし、世界でもっとも不幸な人生を私に用意していたとしても、私は運命に立ち向かう。

今、運命が私をつかむ。やるならやってみよ運命よ。我々は自らを支配していない。始めから決定されてあることは、そうなる他はない。さあ、そうなるがよい。そして私に出来ることは何か?運命以上のものになることだ。

手に大火傷を負いながらも世界で活躍した野口英世

野口英世の名言からの学びのイラスト3

最後は日本の偉人、野口英世です。梅毒や黄熱病の研究で有名な研究者・医者であり、1000円札の肖像画にも採用されるなど、我々の日常にも馴染み深い偉人でしょう。

野口英世は1歳の時に誤って囲炉裏に落ち、左手に障害が残るほどの大火傷を負いました。農家の家系に生まれた英世ですが、患った障害のため、勉学で生計を立てる道を選びます。

教科書も買えない貧困の中、人一倍勉強に励んだ英世は、学校では常に首席の成績をおさめます。そしてアメリカに留学し、細菌学を研究し論文が世界的評価を受けるまでになりました。

その後は黄熱病が流行していた中南米やアフリカに渡り、最後まで研究にその人生を捧げました

そんな野口英世の言葉です。

家が貧しくても、体が不自由でも、決して失望してはいけない。人の一生の幸も災いも、自分から作るもの。周りの人間も、周りの状況も、自分から作り出した影と知るべきである。

絶望のどん底にいると想像し、泣き言をいって絶望しているのは、自分の成功を妨げ、そのうえ、心の平安を乱すばかりだ。

絶望・逆境の名言からの学び

【絶望・逆境の名言】ハンディキャップを持った4人の偉人の言葉から学ぶ困難を乗り越える方法のイラスト2

諦めずに前を向く

今回紹介した偉人だけでなく、誰もが悲しみ苦しみを経験し生きています

人間には弱さがある。だから絶望に遭遇した時に悲観にくれるのは、ある意味しょうがないことなのかもしれません。

しかしそのまま悲観し続け生きるのか、それともその絶望を受け入れ生きるのか。問題なのはそこからで、大きな生き方の選択を迫られると感じます。

今回書いた偉人たちは苦しみながらも自分に与えられた境遇を受け入れ、またそれだけでなく先の未来に希望を見出し生きていました

その根拠に彼らはとても前向きな言葉を残しています

それは絶望的な状況を乗り越えた経験から発せられたものであり、現代に生きる我々にも、どん底から生きることができる道を示してくれている。

諦めずに前を向く

単純で綺麗事のような言葉ですが、彼らの実体験からくるこの学びから、大きな説得力と意味の重さを感じさせられます。

どんな状況でも前を向き進む先に道は開かれるのだと、この4人の偉人の言葉に教えられました。

今回の偉人たちのその他の名言

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