ホーキング博士の名言からの学び。[希望を捨てず諦めないことの大切さ]

ホーキング博士 画像偉人の言葉

私が人生で学んだことは、自分が今もっている力を全部使えということです

イギリスの物理学者、スティーヴン・ホーキング

難病であるALSを患いながらもブラックホールの研究など、様々な業績を残し、ホーキング博士の愛称でも親しまれています。

そんなホーキング博士の名言を紹介し、その言葉たちからの学びである「希望を捨てず諦めないことの大切さ」について考察しました。

ホーキング博士てどんな人?

  • 幼少の時は健康的に育つ
  • 高校では数学が得意
  • 21歳でALSと診断される
  • 余命2年から50年以上延命。精力的な研究活動
幼少の時は健康的に育つ

ホーキング博士は1942年にイギリスのオックスフォードで生まれます。父親はオックスフォード大学を卒業し、生物学者や医学研究者として働いていましたが、暮らしはそれほど裕福なものではありませんでした。

車椅子姿が印象的なホーキング 博士ですが、生まれた時はいわゆる一般的な子どもで、健康的に育っていきました。

父だけでなく母もオックスフォード大学出身でした。オックスフォード大学は世界大学ランキングでも2017年から4年連続で1位になるなど、世界トップの大学です。

高校では数学が得意

そんな両親は子どもたちの教育にも熱心でした。父親は13歳になったホーキグをイギリスの名門中・高一貫校であるウェストミンスター・スクールに入学させようとしますが、高額な学費のため奨学金の試験を受ける必要がありました。

しかしホーキングはその試験の日に体調を悪くし、受験ができなくなってしまいます。奨学金なしには入学させられないため、ホーキングは一般的な高校に進みます

高校では勉強だけでなく友達と様々な遊びをして楽しんだといいます。機械いじりやものづくりもその遊びの一環でした。数学教師の力も借りながら計算機などを作り、次第に数学に興味を持つようになります。

21歳でALSと診断される

大学で数学を専攻しようとするも、父親に母校であるオックスフォード大学を勧められます。しかし当時オックスフォード大学には数学の専攻はなかったため、ホーキングは物理と化学を選ぶこととなりました。

17歳で大学に入学したホーキングは伝統のボート部に入るなど充実した学校生活をおくります。大学卒業後は名門のケンブリッジ大学大学院でブラックホールの研究を始めました。

そしてホーキングは21歳の時、難病の筋萎縮性側索硬化症、通称ALSと診断されます。筋肉が徐々に萎縮していくこの病気は、アイスバケツチャレンジなどでも話題を集め世界的にも知られるようになりました。しかし現在でも有効は治療法は確立されていない難病です。

余命2年から50年以上延命。精力的な研究活動

ホーキングはこの病気を知らされ、そして余命も2年と診断されました。自分で歩くことも難しくなり、車椅子生活が始まります。筋肉が萎縮することで体を動かせないばかりか、次第に声も出せなくなりました。

しかしそんな体の変化を感じながらも研究を続けたホーキングは、1974年にブラックホールの蒸発理論を発表し、世界的な評価を得ました。

最期の時まで精力的に研究を続けたホーキング 博士。余命2年と言われた病気も急にその進行が弱まり、発症から50年以上にわたりその命は保たれました。そして2018年、76歳でその生涯を終えることとなりました。

ホーキング博士の名言

ホーキング博士 イラスト

下を向かず、上を向いて星を眺めることを忘れないでください。人生がどんなに困難に見えても、必ずできることがある。諦めさえしなければ、生きてさえすれば、必ず望みはあるのです。

21歳のときに私の期待値はゼロになった。そのあとのすべてのことはボーナスみたいなものだ。

どんなに人生がひどいように思えても、いつだってできることはあり、うまくやることもできる。命があれば希望はあります。

人は、人生が公平ではないことを悟れるくらいに成長しなくてはならない。そしてただ、自分の置かれた状況のなかで最善をつくすべきだ。

科学のひたむきな努力と技術革新によって、私たちは広大な宇宙に目を向け、地球上の問題の解決に努めなければならない。私は“限界”というものを信じない。個人の人生に限界はない。宇宙の中で私たちの知性が達成できることにも限界はない。想像力を解き放とう。よりよい未来を作るために。

人生は、できることに集中することであり、できないことを悔やむことではない。

期待値が「ゼロ」まで下がれば、自分に今あるものすべてに間違いなく感謝の念が湧く。

言葉から見た、ホーキング博士てこんな人!

運命を受け入れ未来へと向かった人

ホーキング 博士が患ったALSは現在でも具体的な治療法はなく、悪化を遅らせることしかできない難病です。彼が診断を受けた時、その余命はわずか2年というものでした。

余命を宣告され、日に日に自分の体が思うように動かなくなる。悲しみ苦しみ絶望感。。。様々な負の感情がホーキング博士に降りかかったことは想像に容易いでしょう。

しかし彼の心はそんな絶望の淵にとどまることなく、ただ前向きに未来へ向かっていました。車椅子生活になり、声を失うようなことになっても弱音もはかずに活動を続け、研究者として偉大な功績を残しました。

ホーキング博士は自分の病気、そしてその運命を心から受け入れていました。それは彼の「期待値が『ゼロ』まで下がれば、自分に今あるものすべてに間違いなく感謝の念が湧く」という言葉からも感じることができます。

治ることのない病気を背負っても、生きていること、研究ができていること。ほんの小さなことにも感謝の念を見出していた。そんな彼の心が余命2年宣告から50年以上もの延命へと繋げたのかもしれません。

運命を受け入れ未来へと向かった人。それがスティーヴン・ホーキングという人でした。

ホーキング博士の名言からの学び。[希望を捨てず諦めないことの大切さ]

人生を諦めない

今回のホーキング 博士の名言で心に残ったのが「下を向かず、上を向いて星を眺めることを忘れないでください。人生がどんなに困難に見えても、必ずできることがある。諦めさえしなければ、生きてさえすれば、必ず望みはあるのです」という言葉でした。

どんなに困難なことがあっても諦めるな。希望を捨てるな。

とてもいい言葉ですが、前向きな言葉の常套句のようなもで、いっけん綺麗事に聞こえたりもするかもしれません。しかし今回一番印象的だったのがこの言葉でした。

ありふれた言葉でもホーキング博士が語ることで、その意味合いは大きくそして深みが加わります。彼が背負っていたもの。常人の自分には想像の範疇を超えていますが、もし自分が同じ状況だったらと考えると、とても前を向ける精神状態ではいれないだろうと感じます。

どんなに困難に見えても、必ずできることがある。

諦めさえしなければ、生きてさえすれば、必ず望みはある。

この言葉をホーキング博士はその人生をもって証明したのだと感じさせられました。

困難にあわない人はいない。僕はそう思います。程度の差はあれ、人は難しい状況に出くわし、それを乗り越え成長していきます。諦めなければ必ず望みはある常に前を向き生きていくこと。ドストレートな言葉ですが、これこそが本質的であり、大切なことなのだと改めて感じさせられました。

人生を諦めない

難病を抱えながら研究を続けたスティーヴン・ホーキング博士の名言からそれを学びました。

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