ヘレン・ケラーの名言からの学び。[自分を認めること]

世界の偉人の名言

物事を成し遂げさせるのは希望と自信です。

見えない。聴こえない。しゃべれない。三重苦と言われたヘレン・ケラー

大きな障害を抱えながらも大学まで卒業し、多くの人に希望と勇気を与えました。

そんなヘレンケラーの名言を紹介し、そこからの学びである「自分を認めること」について考察します。

ヘレンケラーてどんな人?

  • 1歳で障害をおう
  • サリバン先生との出会い
  • 「Water/水」を知る
  • ハーバード大学に入学

1歳で障害をおう

ヘレン・ケラーは1880年にアメリカのアラバマ州に生まれます。父親は大地主であったため、裕福な家庭環境で育ちます。両親にとって初めての女の子でもあったため、ヘレンは二人の大きな愛を受け、とても可愛がられていました。

しかしヘレンが1歳半のある日、高熱にうなされます。この熱は2週間も続き、生死をさまよう大事でありましたが、医者や両親の懸命な看病により、一命を取りとめます。

熱が下がったヘレンに母親が話しかけますが、全く反応がりません。ヘレンはこの高熱の影響で聴力と視力を失い話すこともできない体になってしまいました。

サリバン先生との出会い

この日からヘレンの人生は一変します。自分だけ見ることも聞くこともできないことに苛立ち、物を壊し、暴れ回るようになりました。両親もそんなヘレンにどう伝えたらいいかわからず途方に暮れていました。

両親はなんとか病気を治せないかと、電話の発明をしたアレクサンダー・グラハム・ベルのもとを訪れます。彼は聴覚障害児についての研究もしていました。ベルは盲学校の校長に連絡し、ヘレンの家庭教師を要請しました。

そしてその家庭教師として来たのが、ヘレンのかけがえのないパートナーとなるアン・サリヴァンでした。彼女もまた波乱万丈な人生の持ち主でした。幼少期に両親を亡くし、施設で育つことになりますが、小さい頃から悪かった目が悪化し、視力を失ってしまいます

しかし盲学校に入り訓練と幾たびの手術の末、ある程度の視力が回復するまでになりました。この時の経験もあり、サリバンはヘレンの力になろうとやってきました。

「Water/水」を知る

ヘレンにつきっきりで文字や言葉を教えていったサリバン。ヘレンは変わらず暴れ続けますがサリバンは時に厳しく、時に優しく、根気よく接していきました。ヘレンも少しずつ素直になり落ち着きを取り戻していきました。

そしてヘレンが6歳の時、サリバンは井戸から出る水をヘレンに触らせながら、これが「water/水」ということを全身を使い教えました。ヘレンはこの時初めてすべてのものに名前があり、意味をなしていることを知りました。

それからヘレンは学ぶことの楽しさを知り、点字で読書をするまでになりました。

ハーバード大学に入学

ヘレンは14歳の時ニューヨークのライト・ヒューマソン聾学校に入学し、声の訓練以外にも、数学や地理、フランス語なども勉強しました。ヘレンは後にこの時の自分の勉強時間は他の生徒の10倍もかかったと語っています。

それでも誰よりも勉強をしたヘレンは、なんとハーバード大学の女子部であるラドクリフカレッジに合格します。大学でも優秀な成績を収め文学士号も得ました。

卒業後は自分と同じような境遇の人たちに勇気を与えようと世界中を飛び回り講演活動を行うようになります。日本にも3回にわたり訪問し障害ある人たちに希望の言葉を残していきました。そんなヘレンケラーは87歳で永遠の眠りにつきます。

ヘレン・ケラーの言葉

世の中はつらいことでいっぱいですが、それに打ち勝つことも満ち溢れています。

自分でこんな人間だと思ってしまえば、それだけの人間にしかなれないのです。

目に見えるものは移ろいやすいけれど、目に見えないものは永遠に変わりません。

悲観論者が、星についての新発見をしたり、海図にない陸地を目指して航海したり、精神世界に新しい扉を開いたことは、いまだかつてない。

ひとつの幸せのドアが閉じる時、もうひとつのドアが開く。しかし、よく私たちは閉じたドアばかりに目を奪われ、開いたドアに気付かない。

世界で最も哀れな人とは、目は見えてもビジョンのない人だ。

私は、自分の障害を神に感謝しています。私が自分を見出し、生涯の仕事、そして神を見つけることができたのも、この障害を通してだったからです。

言葉から見た、ヘレンケラーてこんな人!

心で見て、聞いていた。

見えない、聴けない、しゃべれない。

三重苦と言われたヘレンケラーは普通の人から見たら絶望的に感じる状態なのかもしれません。

しかし彼女は実際の目や耳が機能していなくても、水が「水」であることを理解し、ナイアガラの滝に行った時はその雄大さに感動したと言いました。見えなくても聴こえなくても彼女はそれを全身と心で感じ取ったのです。

実際の目で見ることはとても素敵なことですが、ヘレンケラーの感性はそれらを失っているからこそ研ぎ澄まされ、深く本質的であったのだと感じさせられます。

ヘレンケラーの名言からの学び。[自分を認めること]

肯定することの強さ。

ヘレンケラーの言葉には常に前向きな姿勢を感じます。

世の中には前向きでポジティブな言葉が溢れていますが、ヘレンケラーが言うと何倍にも深みが足されます。やはり何を言うかよりも「誰が言うか」が大事なのでしょうね。

もしヘレンケラーが自分の障害を悲観的に捉えていたら、彼女の人生はまったく別なものになっていたはずです。厳密に言えば当たり前に落ち込むこともあったと思いますが、彼女は今の自分を幸せと捉え、誰よりも前向きに努力し生きていました。

人間は足りない部分を見ようとしたらきりがなくて、ついつい無い物ねだりをしてしまいますが、今自分が持っているモノを認めて、受け入れること。まずはそれが大切なのだとヘレンケラーの言葉を見て感じさせられました。

ありのままの自分を認めて、どんな状況にも幸せを見出していく。

三重苦という困難を背負いながらも前向きに生き、多くの人に希望を与えたヘレンケラーからそれを学びました。

今日の英語

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pessimistic・・・・悲観的な

affirmative・・・・肯定的な

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