川端康成の名言からの学び。[忘れることの尊さ]

川端康成 画像 日本の偉人の名言

日本の子供には、もっと孤独を教えないと、思想は生まれませんね

日本の小説家、川端康成

日本人として初めてノーベル文学賞を受賞し、数々の代表作を残した日本を代表する文豪です。

今日はそんな川端康成の名言を紹介し、その言葉たちからの学びである「忘れることの尊さ」について書いていきます。

川端康成てどんな人?

  • 生まれてすぐに両親を亡くす
  • 中学2年の時に作家になることを決める
  • 大学を卒業後、本格的に作家の道へ
  • 日本人初のノーベル文学賞受賞
生まれてすぐに両親を亡くす

川端康成は1899年に大阪府に生まれます。父親は医者で自宅で個人病院を営んでいました。しかし病院経営がうまくいかず、また病気がちだった父親は康成が生まれてからすぐに亡くなってしまいます

そしてその翌年には母親も病気で亡くなり、康成は祖父母に育てられることになりました。

7歳の時に小学校に入学した康成ですが、父親に似て体はあまり丈夫ではありませんでした。そのため学校も休みがちだったといいます。それでも勉強は得意で成績もよく、特に作文はその才能を発揮していたと言われています。

中学2年の時に作家になることを決める

中学に進むと学校まで6キロ近くの道を毎日歩いて登校することで、虚弱体質は改善されていきました。

小さい頃から読書が好きだった康成は中学2年生の頃から将来作家になる事を決めていたと言います。そして文芸雑誌や文学書を読みあさり、生活よりも本が優先で本代で食べるのも苦労するくらいでした。

数年前に祖母を亡くし、唯一の家族であった祖父も康成が中学3年の時に亡くなってしまいます。ひとりになってしまった康成は母方の伯父に引き取られます。

大学を卒業後、本格的に作家の道へ

中学を卒業後、同級生が地元で就職や進学するのをよそに、康成は1人だけ東京の高校に進みます。高校でも変わらず文学に親しんだ彼は、21歳の時、東京帝国文学部英文科に入学します。

在学中に先輩にあたる菊池寛(のちに文藝春秋を創設する)と出会います。康成は創設当時の文藝春秋に参加するなど、菊池と深く交流していきました。芥川龍之介との出会いもこの菊池寛の紹介によってでした。

25歳で大学を卒業すると、仲間たちと同人雑誌「文藝時代」を創刊します。その2年後には初期の代表作である「伊豆の踊子」を書き、初の処女作品集「感情装飾」も刊行されました。

日本人初のノーベル文学賞受賞

その後も「雪国」「千羽鶴」「眠れる美女」と代表作を発表していった康成。その作風の多様さから”奇術師”と呼ばれるくらい様々なジャンルや手法に着手していきました。

日本で確固たる実績を築いた康成は1968年、「日本人の心の精髄を、すぐれた感受性をもって表現、世界の人々に深い感銘を与えたため」という理由により、日本人として初めてとなるノーベル文学賞を受賞しました。

しかしその3年後の1971年にガス自殺により突然亡くなってしまいます。遺書もなく、そのいきなりの訃報は世に大きな衝撃を与えました。日本を代表する文豪、川端康成は72歳でその生涯を終えました。

川端康成の名言

川端康成 イラスト

忘れるにまかせるということが結局最も美しく思い出すということなんだ

騙されないで人を愛そう、愛されようなんてずいぶん虫のいいことだ

健全な愛は健全な人にしか宿らないものだよ

犠牲を清らかならしめよ。自分を犠牲にした者は、自分を犠牲にしたことを忘れるのが、美しい犠牲の完成なのだ

ささいなことが私たちを慰めるのは、ささいなことが私たちを悩ますからだ

一生の間に一人の人間でも幸福にすることが出来れば、自分の幸福なのだ。

一輪の花は百輪の花よりもはなやかさを思わせるのです

言葉から見た、川端康成てこんな人!

孤独の中で強く生きた人

川端康成の幼少期はとても孤独なものでした。物心つく前に両親が亡くなり、また残された肉親である祖父母や、姉も立て続けに亡くしました。

そんな人生でも自分の才能を磨き、その孤独の経験を土台として多くの代表的な作品が生まれていきました。歴史に名を残す実績を残した川端康成の心は孤独の悲しみに負けないくらいとても強いものでした。

それは彼が残した「一輪の花は百輪の花よりもはなやかさを思わせるのです」という言葉からも感じられます。

孤独の中で強く生きた人。それが川端康成という人でした。

川端康成の名言からの学び。[忘れることの尊さ]

忘れることで得られるものがある

今回の川端康成の名言で印象的だったのが「犠牲を清らかならしめよ。自分を犠牲にした者は、自分を犠牲にしたことを忘れるのが、美しい犠牲の完成なのだ。」という言葉でした。

人間は記憶を失っていく生き物です。そしてこの「忘れる」ということは、しばしばマイナスな面で捉えられることが多いと感じます。思い出したい記憶があっても、思い出せなくイライラしたりすることってよくあると思います。

一方で失くしづらい記憶もあって、自分が受けたネガティブな感情はなかなか忘れられなかったりします。それが増大すると恨みになり、常に自分の心が負の感情に覆われてしまうこともあるでしょう。

しかしそれでも「忘れる」という機能が備わっているからこそ、人はすべての怒りや悲しみを溜め込まず、消化できているとも感じます。

「時間が解決してくれる」という言葉もありますが、川端康成の孤独感も時間とともに忘れ、整理されていったのかもしれません。

忘れることで得られるものがある

近代日本文学の偉人、川端康成の言葉からそれを学びました。

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forget・・・忘れる

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