レイモン・サヴィニャックの名言からの学び。[伝える。とは相手を思いやること]

レイモン・サヴィニャック 画像偉人の名言

ポスターは表現の芸術である。装飾の芸術ではない。

フランスのポスターデザイナー、レイモン・サヴィニャック

独特な柔らかいイラストとシンプルな表現で、フランスだけでなく世界中の企業、商品ポスターを手掛けた世界的なデザイナーです。

今日はそんなレイモン・サヴィニャックの名言を紹介し、その言葉たちからの学びである「伝える。とは相手を思いやること」について考察しました。

レイモン・サヴィニャックてどんな人?

  • 幼少期は自転車レーサーを目指す
  • 15歳で働き始める
  • 巨匠カッサンドルの弟子になる
  • 石鹸のポスターをきっかけに人気デザイナーへ
幼少期は自転車レーサーを目指す

レイモン・サヴィニャックは1907年にフランス、パリで生まれます。両親はパリでレストランやカフェを営んでいましたが、生活はあまり豊かではありませんでした。

父親は自転車レースが好きで、自転車の大会があると幼いサヴィニャックを連れてよく競技場に観戦しにいきました。そんな父親の影響もあり、彼の小さい頃の夢は自転車レーサーになる事でした。

学校に進学すると父親が自転車を買ってくれたことで、サヴィニャックはより自転車に熱中します。レースにも参加しますが、良い結果は残せず、周りとの実力の差を感じた彼はレーサーの夢を諦めることになります。

夢を諦めたサヴィニャックは学校の勉強に力が入らなく、自転車レーサーの似顔絵を書いたり読書などを趣味として日々を過ごしました。

15歳で働き始める

勉強嫌いだった彼は15歳で学校を辞め、パリ交通公団のデッサン部門に就職します。しかし仕事は簡単なトレース係であまりやりがいを感じられるものではありませんでした。

しかし会社が不況の煽りを受けると、重要な役職ではなかったサヴィニャックはリストラされてしまいます。その後、運良く友人に紹介してもらった画家、ロベール・ロルタックの事務所で働き始めます

ロルタックはアニメーション広告の仕事もしており、サヴィニャックはそのアシスタントになりますが、フランスでポスター作家が台頭し始めると、彼はポスターの面白さに魅了されました。

そして20歳の時に兵役を迎え、1年半軍隊生活をおくります。その後また仕事をしようと広告代理店などで働きますが、時代は世界恐慌が始まり、不況からかリストラされ、また面接しても落とされる日々が続きました。

巨匠カッサンドルの弟子になる

ポスター作家に憧れたサヴィニャックですが、自分の実力に自信をなくしかけていました。夢を諦める最後にと、彼が最も尊敬する巨匠デザイナー、カッサンドルに会いたいと願います。

そして26歳とき、カッサンドルの事務所を訪ねたサヴィニャックは、その熱意が通じたのか、カッサンドルと面会することができ、また助手として雇ってもらうこととなります。

その後カッサンドルはアメリカに移住することとなり、サヴィニャックは彼のもとを離れますが、約5年間、尊敬するカッサンドルにサヴィニャックは大きな影響を受けました。

カッサンドルのもとを離れ、ポスターデザイナーとしても次第に仕事を得ていったサヴィニャック。その名を広く知らしめるきっかけとなったのが、知人と二人でひらいた展示会でした。

石鹸のポスターをきっかけに人気デザイナーへ

展示していたモンサヴォン石鹸の牝牛のポスターが注目され、世に出たことで、サヴィニャックは飛躍的に人気デザイナーとなっていきました。そして国内外で様々な企業のポスターを手掛けました。

日本でも森永チョコレートとしまえんのポスターを制作しています。その後広告業界における写真の台頭や、理想としない広告代理店システムが一般化する中でもサヴィニャックは独自のスタンスを貫きました。

晩年まで制作活動を続けたサヴィニャックは2002年、95歳でその生涯を終えることとなりました。

レイモン・サヴィニャックの言葉

レイモン・サヴィニャック イラスト

生計を立てる必要性が、終わることのない罰で課される宿題のように、その時まではのしかかっていたのだが、いかなる才能にも恵まれず、いかなる転職の召喚もなく、いかなる安逸とも無縁だったそんな私が、この新しい仕事に比類を絶する美味を見出したのだ。

人間の精神のたどる道は、複雑なものからシンプルなものを目指すのですよ、小さなクロッキー1枚が、大演説に勝ることもある。

やりたいことをやりなさい。大事なのは諸君の個性を打ち出すことだ。これが今ではいちばん貴重なのだ。どこもかしこも没個性だらけなのだから

大事なのは、主張すべき何かを持つ、ということではなくて、それを表現できる、ということだ。

広告が自らを情熱的なものになし得るならば、それは半分以上成功しているということだ。

ポスターが画家に要求するのは、完全に自分を捨てることである。ポスターで自己を表現することはできない。そんな権利はない。

手を動かしながら探求する人間は、考え込むだけの人間よりも、ずっと容易に発見ができる。

レイモン・サヴィニャックの名言を引用・参考にした文献

言葉から見た、レイモン・サヴィニャックてこんな人!

ポスターに生き方を見出した人

遅咲きのデザイナーと捉えられることも多いサヴィニャック。

それは彼自身も「僕は41歳のときにモンサヴォンの牛のおっぱいから生まれたんだ」語るように、41歳時のタイミングで一気に世界的なデザイナーになっていきました。

しかし彼は15歳の時に学校を辞め、デザインの世界に飛び込むなど、デザイナー人生の始まりは早いものでした。

しかしそこから転職、解雇などを繰り返し、自分の能力を疑い、また戦争出兵など社会的な時代の流れにも翻弄されます。

しかし、そんな中でも彼はポスターデザイナーを諦めませんでした。それは彼がポスターというものを本当に愛し自分の生きがいとしていたからでしょう。

それは彼の「生計を立てる必要性が、終わることのない罰で課される宿題のように、その時まではのしかかっていたのだが、いかなる才能にも恵まれず、いかなる転職の召喚もなく、いかなる安逸とも無縁だったそんな私が、この新しい仕事に比類を絶する美味を見出したのだ。」

という言葉からも感じることができます。ポスターに生き方を見出した人。それがレイモン・サヴィニャックという人でした。

レイモン・サヴィニャックの名言からの学び。[伝える。とは相手を思いやること]

他人を思いやり、想像する

今回のサヴィニャックの名言で印象的だったのが「大事なのは、主張すべき何かを持つ、ということではなくて、それを表現できる、ということだ。」という言葉でした。

数年前、佐々木圭一さんというコピーライターが書いた「伝え方が9割」という本がシリーズ累計で100万部を超えるベストセラーになりました。

この結果をみても「伝え方」「表現方法」というのは多くの人が共感し、大切に思っている部分であると感じます。

サヴィニャックもクライアントの言いたい事をポスターというグラフィックと媒体に変換し、より多くの人に伝えました。

ほんの小さな伝達ミスで大きな誤解を招くぐらい、感じ方や捉え方は千差万別で、コミュニケーションとはつくづく難しいことなのだと感じさせられます。伝え方を間違えば相手の心に大きな傷を負わせてしまう事もあるでしょう。

デザインやコピーなど「伝える」方法論は数多ありますが、根底にある大切なことは、「他者想像」であると今回のサヴィニャックの言葉に触れて感じさせられました。

他者想像とは他人への配慮であり、思いやりです。伝えた時に相手がどう感じるかを想像する事。個性も考え方、感じ方も違う他人に伝えることは難しいし、できないかもしれない。

でもだからこそ自分ができる全力の配慮と思いやりを持つことが、大切なのだと感じます。その気持ちを前提とすればデザインやコピー、言葉などの方法も自ずと決まってくるのではないでしょうか。

他人を思いやり、想像する

ポスターで多くの人の心を動かしたレイモン・サヴィニャックの言葉からそれを学びました。

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consideration・・・思いやり

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