二宮金次郎の名言からの学び。[誠実とは私心を捨てること]

二宮金次郎 画像日本の偉人の名言

小を積んで大を為す

薪を運んでいる時も本を読んで勉強をしていたというストイックなエピソードで有名な二宮金次郎。

幼少期に多くのものを失いながらも、どん底の状況から這い上がり、藩の役人仕事をするまで大成した金次郎の名言を紹介しながら、そこから感じ取った「学び」を書いていきます。

二宮金次郎てどんな人?

  • 薪を背負って勉強した幼少期
  • どん底から地主へと這い上がる。
  • 藩領地の財政を立て直す。
  • 最期まで農民のために生きた。
薪を背負って勉強した幼少期

二宮金次郎は1787年に農家の長男として生まれます。その頃の日本は火山の噴火や冷害などの自然災害を受け、農民は凶作により数十万人の人が餓死するなど、全国的に大飢饉に見舞われていました。

金次郎の家も水害により田んぼが使い物にならなくなってしまい、一晩で貧乏のどん底に突き落とされてしまいました。

家族でいちから田んぼを耕し、数年かけてようやく作物がとれるようになりますが、病気がちだった父親が亡くなり、そして後を追うように次は母親が亡くなってしまいます。

その時金次郎はたった14歳。金次郎と弟たちは別々に親戚に預けられることになりまいた。いつかまた兄弟一緒に暮らせるようにと金次郎は必死に働きました。

ただ働くのではなく、学問の必要性も感じた彼は、時間を有効に使おうと薪を運んでいる最中も本を読んで勉強しました。

この時の様子が銅像になり、二宮金次郎の象徴的なエピソードとして語り継がれています。

どん底から地主へと這い上がる。

成長し18歳になった金次郎はお世話になった親戚の家を出て、元の家に帰ることになりました。そして田畑を新たに開墾するなど、より一生懸命働きました。

その甲斐もあって両親が死んで手放していた土地も買い戻し、たった4年で、使用人も使う地主へと成長するのでした。その後も順調に土地を広げ、30歳を過ぎるとその地域で一番の大地主にまでなりました。

このどん底からのサクセスストーリーが評判になり、武家の役人が金次郎のもとを訪ね、借金で苦しんでいた屋敷の財政立て直しを依頼します。

金次郎は「5年間、自分の思い通りにやらせて欲しい」という条件でこれを引き受け、見事に5年で借金を返済するばかりか、3百両の蓄えまで残しました。

藩領地の財政を立て直す。

金次郎の驚くべき業績はすぐに噂として広がり、小田原藩の藩主、大久保忠真の耳にまで入ります。小田原藩も財政に苦しんでいたため、藩主は金次郎の力を借りることにしました。

金次郎は桜町という領地一帯の立て直しを任されますが、この桜町領は土が悪くあまり米が取れない環境で、そのため農民たちは自暴自棄になり昼間から酒や賭け事をするなど悪循環に陥っていました。

金次郎は農民の意識改革から取り組み、自分から先頭になって畑を耕すなど、決して上から指示するのではなく、彼らとの心の距離を大切にしていました。そして徐々に農民たちも懸命に働くようになっていきました。

しかしそのような金次郎の活躍をよく思わない役人達の目に止まり、いわれもない噂や様々な邪魔にあいます。そして農民たちは次第に金次郎に不信を抱き、次第に村は前のような悪い状況に戻ってしまいます。

そんな危機的な状況にあいながらも、諦めることなく真摯に彼らと向き合い続けた金次郎。次第に農民たちも再び彼のもとに戻り、金次郎を批判していた者たちまでも結果的に彼を慕うようになりました。

最期まで農民のために生きた。

こうして見事に桜町を復活させた金次郎の名は日本中に知れ渡り、各地からたくさんの人が彼のもとを訪ね、教えを受けるようにまでなりました。

その後も様々な藩の立て直しを手がけ、多くの農民を救いました

最後に手がけたのは日光神領地で、金次郎はその立て直し途中で倒れてしまいます。しかし生きている間にできるだけのことをやらなければと、周囲の反対を押し切り、最後まで一軒一軒の農家を訪ねて回りました。

最後まで農民のために生き農業の発展に大きく貢献した二宮金次郎は69歳で亡くなりました。

二宮金次郎のことば

二宮金次郎 イラスト

人道は一日怠れば、たちまちすたれる。

誠実にして、はじめてわざわいを福に変えることができる。術策は役に立たない。

我が家の繁栄を捨て、身命をなげうって、無数の家を繁栄させることに努める。これが私の決意である

心の力を尽くして、私心がないものは必ず成功する

湯船のお湯をかき寄せれば、自分のほうに引き寄せられるが、その後にお湯は向こうに流れていってしまう。 反対にお湯を押し出せば、自分の前から流れて行くが、少し後にはお湯が自分の方に戻ってくる。少し押せば少し返り、大きく押せば大きく返る。奪うに益はなく、譲に益がある

心の田畑さえ開墾ができれば、世間の荒地を開くこと難しからず

世の中は、知恵があっても学があっても、至誠と実行がなければ、事は成らない

言葉から見た、二宮金次郎てこんな人!

人の心に種を植え続けた生れながらの百姓

二宮金次郎は小さい頃に親、兄弟、家や土地など多くのものを失いました。そしてそこから一つずつ小さな努力を日々積み重ね、大きな偉業を成し遂げていきました。

それは人に対しても一緒で、金次郎は農民たちとの一つ一つの触れ合いや心のつながりを大切にしていました。「信用は1日で成らず」という言葉もありますが、小さな行動を積み重ねた結果、危機的状況な状況に陥っても切れない関係性を築きました。

美味しいお米を作るのも、良い人間関係を作るのも時間がかかります

二宮金次郎という人は手間を惜しまず人の心に種を植え続けた生れながらの百姓でした。

二宮金次郎の名言からの学び。[誠実とは私心を捨てること]

自分の利益だけを求める人に、人は集まらない

人々が二宮金次郎を慕ったのは、彼が小さなことに対しても常に誠実であったからでした。

そしてその「誠実さ」とは自分の利益よりも人の利益を優先させる姿勢の表れだと、金次郎の言葉から感じました。

現に金次郎は地主としての地位を築きながらも、それらを全て投げ捨てて、桜町を立て直すためその土地に引っ越しました。彼は農民たちと苦しみを共に分かち合う道を選んだのでした。

そんな自分を顧みない誠実さに人々は尊敬の念を抱いたのだと思います。

誠実な人になりたければ、give and takeではなく、give and giveの精神で、まずは自分から何かを与えることが大切である。

最後まで弱い立場の農民を想い、彼らのために生きた二宮金次郎の言葉から

それを学びました。

今日の英語

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farmer・・・・農民

seed・・・・種

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