砂漠の女ディリーの名言|ワリス・ディリーの本の名言からの学び

砂漠の女ディリーの名言からの学びのイラスト本の名言

今回の本の名言で取り上げたのはソマリアのモデル・活動家のワリス・ディリーの自伝本「砂漠の女ディリー」です。

ワリス・ディリーはソマリアの遊牧民から、イギリスにわたり、ヨーロッパやアメリカなどでスーパーモデルとして活躍します。またソマリアで伝統の慣習であるFGM(女性器切除)排除の尽力する活動家でもあります。

「砂漠の女ディリー」はワリス・ディリーにとっての初めての著書であり、自伝本です。世界的なベストセラーとなったこの本をもとに2009年に「デザート・フラワー」という映画化もされました。

彼女の生い立ちから、モデルになったサクセスストーリー。そしてソマリアをはじめアフリカで何千年もの間行われてきた女子割礼について雑誌で語り、その悲惨な慣習を世界に伝える半生が綴られてます。

日本と環境や文化、価値観など、これほど違う世界があるのかと、様々なことを教え、考えさせてくれる一冊です。

著者ワリス・ディリーの紹介

ワリス・ディリーは1965年にソマリアの遊牧民として生まれます。そして13歳の時、父親が突然ラクダ5頭と引き替えにワリスの結婚相手を決めてしまいます。

相手が老人ということもあり、結婚を拒否したワリスは家から逃亡を図り、砂漠の中を何日も歩きながら、都会の親戚の家に移り住みます。

そして親戚のひとりがソマリア大使としてロンドンいて、そこでメイド募集していると聞くと「どうしても行きたい」と志願し、ロンドンに渡ります

メイドとして働いている時に偶然出会ったファッションカメラマンに声をかけられ、モデルの世界へ。その後有名なブランドや雑誌のモデルとして活躍していきます。

そんな中、ファッション誌のインタビューで自分が幼少期に受けた女子割礼について告白し、そのショッキングな内容は多くの人を驚かせ、この慣習の問題を世に広く認知させることになりました。

現在もワリスはこのFGM(女性器切除)の廃絶などの人権問題解決のための活動を続けています

ワリス・ディリーについてはこちらに詳しく書いています↓

砂漠の女ディリーのあらすじ

「砂漠の女ディリー」の冒頭はワリスが、家から逃げ、砂漠を命がけで走っているところから始まります。

その後は遊牧民という近代文明と隔離された環境の中で生まれ育ちながらも、自力で都会に辿り着き、自らの人生を切り開いていく過程が描かれています。

その中では、ひとりの少女が自分の置かれている環境を打開し、様々な困難を乗り越えていく意志の強さと、行動力、そして未来に希望を持つことの大切さを感じさせてくれます。

また終盤では、ただのサクセスストーリーに終わるのではなく、アフリカに古くからのこる慣習文化を被害者数などの数字も交えながら、その慣習のおそろしさと女性たちが受けてきた痛みを具体的に伝えています

砂漠の女ディリーの名言

ワクチンで病気や死からものがれられるとわかったように、女性はさかりがついた動物のメスとは違い、その忠誠は野蛮な儀式によってではなく、信頼と愛情によって勝ち取らねばならないとわかったのである。苦痛にみちた古いしきたりを、捨て去るときが来たのだ。

生きていくうえでもっとも大切なのは、生命そのものをべつにすれば、健康である。わたしに言わせれば、その大事な健康を、みんなどうでもよいささいないらいらで、だいなしにしているのではないかしら。

わたしは、強くあらねばならないと自分に言い聞かせている。神がわたしにこの道をすすませているのには、わけがあるはずだ。きっと、この仕事をさせたいのだろう。これはわたしの使命なのだ。それにわたしの死ぬ日は、じつは神によって、生まれたときから決められているのではないだろうか。だとしたら、それまでのあいだ、一か八か、なんであれ体当たりでやってみるしかない。わたしはこれまでも、ずっとそういうふうに生きてきたのだから。

毎年多くの少女に割礼が行なわれつづけているのは、無知と妄信のため以外のなにものでもない。性器切除にともなう痛みと苦しみ、そしてそれによって奪われる生命を考えたら、この慣習をやめるべきなのはだれの目にも明らかなはずだ。

わたしは自分の行く先に、なにかいいことが待っているに違いないと信じていた。その希望をつなぎながら、がんばってきたのだ。なにかすばらしいチャンスが訪れることは確信していたから、毎日、自分に問いかけていた。チャンスはいつ訪れるのだろう? 今日だろうか、明日だろうか? どこへ行ったら、チャンスに出会えるのかしら? なにをしたら、いいのかしら?

モデル業と広告業は切っても切れないものだから、倫理的な問題を感じることもある。わたしがこの世の中で価値があると思うのは、自然、思いやり、家族、友情だ。それなのにわたしは「これ、きれいでしょう? ぜひ買ってね」と言いながら、日々の糧を得ているようなものだ。にっこり笑って、商品を売る手伝いをしているのだから。それを考えると「なんでこんなことしているんだろう? わたしは地球を破壊する手伝いをしているんじゃないだろうか?」と、自問してしまう。

砂漠の女ディリーの名言からの学び

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普通でいれることへの感謝

この「砂漠の女ディリー」の中で印象深いのが、なんといっても女子割礼についてのエピソードでしょう。

何千年もの間アフリカを中心に受け継がれてきたこの伝統は、多くの女性を苦しめ、命を奪ってきました。口外されず、なかなか表に出ることもなかったこの問題に、ワリスはメディアを通して世界に広く伝えました。

健康で生まれながら、悪しき慣習と盲目的な価値観により、激痛を伴う一生消えない傷を負わされる。この本が書かれた20年前と比べ割礼を受ける人数は減少傾向にありますが、まだ多くの国に残っているのが現状です。

ワリスが生きていく上で大切なは健康であると語るように、「普通」という言葉で表せるくらいに痛みもなく、不自由なく生きていけることは、決して当たり前のことではないのだと痛感させられました。

健康でいれることへの感謝

普通という言葉は時として悪い意味で使われることもありますが、普通に生きていれることがどれほどすごいことであり、ありがたいことなのか。

そのことを日々忘れず生きていくことが大切であると、今回の砂漠の女ディリーを読み、改めて考え学ぶことができました。

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