夏目漱石の名言からの学び。[正直でいることの尊さ]

偉人の名言

人間は好き嫌いで働くものだ。論法で働くものじゃない。

日本の小説家であり英文学者でもある夏目漱石

旧千円札の肖像画にもなっていたほどの日本を代表する文豪です。

今日はそんな夏目漱石の名言を紹介し、その言葉たちからの学びである「正直でいることの尊さ」について考察しました。

夏目漱石てどんな人?

  • 名前は金之助、複雑な幼少期を過ごす
  • 正岡子規のペンネーム「漱石」を譲り受ける
  • 英語の教師の後、イギリス留学
  • 知人の勧めで小説「吾輩は猫である」を執筆
名前は金之助、複雑な幼少期を過ごす

夏目漱石は1867年に江戸にある裕福な名主の末っ子として誕生します。生まれた時に付けられた名前は「金之助」でした。そして漱石は生後4ヶ月で古道具屋に里子に出されることになります。

しかし里子にいくも、夜遅くまで店先で寝ている漱石を見つけた姉はそれを不憫に思い、実家へ連れて帰ります。それでも漱石はまたすぐに別の家に養子に出されることになりました。

幼少期をそこで過ごしますが、養子先の夫婦が離婚することになったため、9歳で再び実家に戻ることとなりました。様々な家庭事情に振り回されるなど、複雑な幼少期を経験しました。

正岡子規のペンネーム「漱石」を譲り受ける

その複雑な状況は学校に通うようになっても続き、7歳で小学校に入学するもいくつも転校を繰り返すようになります。そんな中でも17歳の時に目標としていた大学予備門に見事合格します。

学校では常に首席の成績をおさめるなど、優秀だった漱石。特に英語が得意だったといいます。また22歳の時には同窓生であった正岡子規と出会い、大きな影響を受けます。

この頃に子規のペンネームの一つであった「漱石」の名を譲り受け、夏目漱石と名乗るようになりました。子規とは学生生活が終わった後も交流を深めていきました。

英語の教師の後、イギリス留学

漱石は23歳で帝国大学の英文科に入学。大学でも優秀だった彼は教授から頼まれ「方丈記」の英訳をするなど、高い能力を発揮します。

26歳で大学を卒業すると、高等師範学校の英語教師として働き始めます。その後も愛媛や熊本の学校でも英語を教え、その仕事のかたわら俳人としても活躍するようになりました。

そして33歳の時に文部省から英語教育法研究の命を受け、イギリスに留学します。しかし早々に体調を崩すと、そのまま衰弱状態が続き、2年ほどで急遽帰国することとなりました。

知人の勧めで小説「吾輩は猫である」を執筆

帰国後は東京帝国大学などで講師として働きますが、生徒の自殺などをきっかけに精神を病むようになります。そんな中、気分転換になればと知人に小説を書くことを勧められ、初めて書き上げたのがあの有名な「吾輩は猫である」で、漱石が38歳の時でした。

これが周囲に好評価を得ます。作家として生きていこうと「倫敦塔」や「坊つちやん」などの作品を続けて発表した漱石は、一気に人気作家となっていきます。

40歳の時には本格的に作家一本で生きていこうと朝日新聞社に入社し、職業作家となります。しかし病弱気味だったこともあり体調を崩しながらの執筆活動でした。

危篤状態になることもありながらも、なんとか回復し話題作を発表し続けた漱石ですが、49歳の時、「明暗」の執筆中に持病の胃潰瘍で倒れ、そのまま息を引き取ることとなりました。

夏目漱石の名言

義務心を持っていない自由は本当の自由ではない。

ある人は十銭をもって一円の十分の一と解釈する。ある人は十銭をもって一銭の十倍と解釈する。同じ言葉が人によって高くも低くもなる。

世の中に正直が勝たないで、他に勝つものがあるか、考えてみろ。

私は冷かな頭で新らしい事を口にするよりも、熱した舌で平凡な説を述べる方が生きていると信じています。

人間は自分の力も自分で試してみないうちは分かりません。握力などは一分でためすことができるが、自分の忍耐力や文学上の力や強情の度合などは、やれるだけやってみないと、自分で自分に見当のつかないものなのです。

自分の弱点をさらけ出さずに人から利益を受けられない。自分の弱点をさらけ出さずに人に利益を与えられない。

考えてみると世間の大部分の人は悪くなることを奨励しているように思う。悪くならなければ社会に成功はしないものと信じているらしい。たまに正直な純粋な人を見ると、坊ちゃんだの小僧だのと難癖をつけて軽蔑する。

言葉から見た、夏目漱石てこんな人!

自分を試す一歩を踏み出した人

病気により、早くにその生を終えた夏目漱石。小説家として生きた期間は約10年ほどの短い期間でした。

処女作の「吾輩は猫である」がいきなり大ヒットしたように、漱石には元々大きな才能が備わっていたのでしょう。しかしそのきっかけは自分からではなく知人の何気ない一言からでした。

正岡子規の弟子であった高浜虚子は衰弱する漱石を見るに見かねて、「気分転換に何か書いてみてはいかがですか?」と声をかけました。

きっかけとなったこの言葉ですが、体調の悪い漱石がまともに受け入れない選択肢もあったはずです。しかも書いたことのない小説なら尚更。

しかし彼はそこから自分を試す一歩を踏み出しました。そしてそれが結果的に大きな一歩となったのです。

できるかできないかではなく、やるかやらないか。自分の可能性がどこに眠っているかは誰にもわからないし、自分本人にもわからないかもしれない

やってみないとわからない。

それは彼の「人間は自分の力も自分で試してみないうちは分かりません。握力などは一分でためすことができるが、自分の忍耐力や文学上の力や強情の度合などは、やれるだけやってみないと、自分で自分に見当のつかないものなのです。」という言葉からも感じることができます。

自分を試す一歩を踏み出した人。それが夏目漱石という人でした。

夏目漱石の名言からの学び。[正直でいることの尊さ]

正しく直く生きる

今回の夏目漱石の名言で心に残ったのが、「考えてみると世間の大部分の人は悪くなることを奨励しているように思う。悪くならなければ社会に成功はしないものと信じているらしい。たまに正直な純粋な人を見ると、坊ちゃんだの小僧だのと難癖をつけて軽蔑する。」

という言葉でした。

正直者が馬鹿を見る。無理が通れば道理が引っ込む。理不尽な世の中。

などの言葉にもあるように、悪とされるものが力を持ち、日常に存在していることは、悲しいかな珍しくありません。

ずる賢く、したたかに。やられるくらいならこちらから。

過去の歴史や現在の世界情勢をみてもそんな姿勢が横行していると感じます。騙し、騙される。それが正当化されるような社会。悪くいることを求められるような窮屈さ

正直者が馬鹿を見る。しかし、本当にそうなのでしょうか。

確かに正直に誠実に生きることは難しいことです。自分の気持ちを思うままに吐き出している人の方が珍しいでしょう。だからといって人を騙し利用し、そのような悪に迎合するような道が認められるわけはありません。

多くの大衆がそうであっても、正しく、直く生きる。たとえ馬鹿を見たとしても、今の窮屈さに悶々とするよりかは何倍もマシです。

漱石はまたこのように言いました「世の中に正直が勝たないで、他に勝つものがあるか、考えてみろ。」

正直でいることの尊さ。それを日本を代表する文豪、夏目漱石の言葉から学びました。

今日の英語

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honesty・・・正直

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