マララ・ユスフザイの名言からの学び。[信念と行動の大切さ]

マララ・ユスフザイ 画像偉人の名言

真理はかならず嘘を打ち負かす。

パキスタンの女性活動家、マララ・ユスフザイ

2014年、史上最年少となる17歳でノーベル平和賞を受賞し世界の注目を集めました。イスラム過激派組織タリバンに弾圧されながら女性の人権と教育の大切さを命がけで世界にうったえた偉人です。

今日はそんなマララ・ユスフザイの名言を紹介し、その言葉たちからの学びである「信念と行動の大切さ」について考察しました。

マララ・ユスフザイてどんな人?

  • 父親は学校の校長先生
  • 勉強が大好きで将来は医者を夢みる
  • 武力勢力タリバンが女子の教育を迫害
  • 暗殺未遂からの復活、ノーベル平和賞
父親は学校の校長先生

マララ・ユスフザイは1997年、パキスタンの北部の町、ミンゴラで生まれます。学ぶことが好きで読み書きを覚えるのが早かったマララですが、女性差別に似た規律が厳しいイスラム教の国で女の子がまともに学校に通えるのは稀なことでした。

そんな環境の中、マララの父親は地元で夢であった学校経営を始めます。女の子や貧しく学費が払えない子どもたちも積極的に受け入れいました。

そのためマララの家は裕福ではありませんでしたが、家族仲良く幸せな毎日をおくっていました。そしてマララが8歳になった頃には800人以上の生徒、校舎も3カ所に増えるまでに学校は大きくなります。

勉強が大好きで将来は医者を夢みる

マララは学校がとにかく大好きでした。勉強も人一倍に熱心だった彼女は成績はいつもトップを争っていました。そして将来は医者になろうと夢みていました。

生徒数が増えた学校ですが、過激なイスラム思想の人々から宗教違反だと女子校を閉鎖するように圧力をかけられることもありました。

この時力を持っていたのが、イスラム法強化運動の指導者、また武装組織タリバンの指導者となるマウラナ・ファズルッラーでした。

ファズルッラーは学校だけでなく、西洋文化である音楽や映画なども抑圧し、その運動は徐々に広がっていきました。そしてマララが住んでいたスワート渓谷の村々を支配下に置くようになりました。

武力勢力タリバンが女子の教育を迫害

音楽などの娯楽的な商売は禁止され、市場は女性の立ち入りを禁じられました。そして自分たちに反対する者はムチ打ちや、ひどい時には公然で処刑を行い、その活動は過激さを増していきました

その後パキスタン政府軍とファズルッラー率いるタリバン勢力との間で内戦状態に突入します。しかしマララの住む地域は変わらずタリバンに支配され続けます。2008年には一年間で200以上の学校が爆破され、女子が学校で教育を受ける事が禁止されました。

そんな現状を社会に伝えようとマララは地元の新聞やテレビを使い積極的に発信を試みます。そしてイギリスのBBCで匿名の日記を書くことを志願し、タリバンの破壊活動を訴えました。マララはメディアを通して少しずつ注目を集めていきました

暗殺未遂からの復活、ノーベル平和賞

そして2012年、そんな活動を続けるマララにタリバンは殺害予告を出します。その後、学校帰りのスクールバスでマララと、一緒に乗っていた友人2人がタリバンの戦闘員に撃たれる事件がおきました。

全員命は助かりますが、マララが受けた銃弾は彼女の頭蓋骨をかすめ、脳が炎症を起こしていました。このままパキスタンにいても命が助からないと診断されたマララは飛行機でイギリスに渡り、治療を受けることになりました。

一命を取りとめたマララは翌年に国連でスピーチを行い、平和に生きる権利、教育を受ける権利を訴えました。そして次の年の2014年には史上最年少17歳でのノーベル平和賞を受賞します。

2019年には国際女性会議のために日本にも初来日し、講演活動を行いました。マララは現在も女性の教育のために戦い続けています

マララ・ユスフザイの言葉

マララ・ユスフザイ イラスト

悪いことがあれば、かならずいいこともある、というのがわたしの信念。悪い人がひとりいれば、神さまはかならずいい人をひとりつかわしてくださる。

わたしはマララ。わたしをとりまく世界は変わった。でも、わたしは変わらない。

勉強の先になにがあるのかは、わからなかった。ただ、平和に学校にいきたいだけだった。

まわりでみんなが泣いているあいだに、だまって心に決めた。この国の平和と民主主義のために戦う道をわたしも歩く。

自分の命よりも大きな信念を持てば、たとえ死んでも、その声は広がっていく。

ひとりの子ども、ひとりの教師、一本のペン、一冊の本が、世界を変えるのです。

わたしがまだ生きているのには、理由がある。それは、わたしの人生を、人々の力になるよう役立てること。

大切なわたしの友だち。みんな、心の広い子ばかりだった。ただただ、わたしのために力になろうとしてくれた。わたしにできたことは、みんなのうちのだれにだって、できたはず。ただ、わたしが幸運だったのは、だれもが恐怖を感じているなかでも、応援してくれる両親がいたこと。

マララ・ユスフザイの名言を引用・参考にした文献

マララ・ユスフザイの初めての手記であり、大きな文字とふりがな付きなので児童でも読めるような本です。訳者をしている道傳愛子さんの翻訳も、とても素敵な文章になっています。

言葉から見た、マララ・ユスフザイてこんな人!

学ぶ事を愛した人

2020年現在、まだマララ・ユスフザイは22歳です。今は世界一位の大学に選ばれたイギリスの名門オックスフォード大学で哲学、政治、経済などを学んでいます。

今回紹介した彼女の経歴全てが10代の時に起きたものでした。その意志の強さと行動力に、ただただ脱帽させられるばかりです。

彼女がここまで世界を変えるような行動を起こせたのは、不条理に対する強い正義感、また何よりみんなが勉強できる事、当たり前の平穏な日常を心から願ったからでした。

マララはただただ学ぶことが大好きで、それを愛していたのです。そんな純粋な気持ちは彼女の「勉強の先になにがあるのかは、わからなかった。ただ、平和に学校にいきたいだけだった。」という言葉からも感じることができます。

学ぶ事を愛した人。それがマララ・ユスフザイという人でした。

マララ・ユスフザイの名言からの学び。[信念と行動の大切さ]

少しの行動を信じる

今回のマララ・ユスフザイの名言で心に残ったのが「ひとりの子ども、ひとりの教師、一本のペン、一冊の本が、世界を変えるのです。」という言葉でした。

「やりたいことが見つからない」現代社会でよく耳にするような言葉です。

しかしパイロットやスポーツ選手、ケーキ屋さん・・・などなど、昔をさかのぼれば誰しも子どもの頃には、やりたいことや夢を持っていたんじゃないでしょうか。

だけど成長し、自分の才能や与えられた環境、知識を得たことで突きつけられる現実。それを見ていく過程で知らず知らず夢を諦めていく。そんな人も多いのではないかと感じます。

しかしそれらのことはマララの歩んできた人生を見ると全て乗り越えられたかもしれない壁だと通感させられます。日本よりも貧しい国で、大人と比べたら知識も経験も足りない少女が、世界を動かしました。

彼女がしたことはただ一つ。

死を恐れず自分の思いを叫び続けたことでした。誰にでもできることのようで、誰にでもできないこと。

されど心の持ちよう次第、信念ひとつあれば、誰にでも可能なことだとも感じます。

「一本のペンが世界を変える」とマララが語るように、ほんの小さな行動、そしてそれを信じることができれば大きな道に繋がっていくのだと、彼女の言葉に触れて感じさせられました。

少しの行動を信じる

命をかけて女性の人権と教育の大切さを世界にうったえた、マララ・ユスフザイの名言からそれを学びました。

今日の英語

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belief・・・信念

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