岡本太郎の名言からの学び。[どう生きるかの覚悟を決める]

岡本太郎 画像 偉人の言葉

芸術は爆発だ

大阪万博のシンボル、太陽の塔を制作するなど日本を代表する芸術家、岡本太郎

この言葉にもあるように既存の価値観に縛られない自由な表現を次々に生み出した、個性的な芸術家です。

今日はそんな岡本太郎さんの名言を紹介し、そこからの学びである「どう生きるかの覚悟を決める」について書いていきます。

岡本太郎てどんな人?

  • 芸術家の子ども
  • パリでピカソの作品と出会う
  • 戦地での兵役
  • 後世に残る作品たち
芸術家の子ども

岡本太郎さんは漫画家の父小説家の母という芸術一家の長男として、1911年神奈川県で生まれます。

小学校の頃はあまり周りと馴染めず、転校を繰り返していました。勉強もあまり得意ではなかったと言います。

幼少期から絵を描くことは好きで、中学生になると次第に「何のために描くのか」という疑問にさいなまれ、そんな気持ちを抱えながら画家を目指し東京美術学校(現東京芸術大学)の西洋画科に入学します。

パリでピカソの作品と出会う

芸大に入学したのもつかの間、父親が仕事でイギリスへ行くことになり、彼もそれに同行するため半年で大学を辞めます

両親はイギリスに行き、岡本さんは単身フランスのパリへ渡ります。その後ご両親は帰国しますが、岡本さんは一人で残り、10年ほどパリに滞在していました。

パリではフランス語を勉強するかたわら、幼い頃に抱いた「何のために描くのか」に対する答えを求め、大学で美学や民族学、哲学などを学んでいました。

そんな時に、たまたま立ち寄った画廊でパブロ・ピカソの絵と出会います。岡本さんはピカソの作品に衝撃を受け、そこから抽象芸術の道を志すようになりました。

戦地での兵役

1940年、ドイツのパリ侵略により日本に帰国した岡本さん。帰国してからも個展を開くなど創作活動を続けますが、日本も太平洋戦争中、ほどなくして岡本さんも徴兵され中国に出征します。

その時の岡本さんは30歳、漫画家の子どもでパリ帰りの画家という経歴から、上官からいじめの対象とされてしまいます。毎日のように死人が出る厳しい環境の中、岡本さんはこの場所で積極的に生きようと決心します。

ある上官は演習後に部下を並ばせ、順番に殴るということもありました。そんな理不尽な状況でも一番上官の力が入るのが4番目あたりだと気づくと、自ら4番目に立つことを引き受け「最悪なところは全部俺が引き受ける」という強い精神力で5年ほどの兵役生活を乗り越えました。

後世に残る作品たち

戦場から帰国するも、東京は度重なる大空襲により焼け野原でした。岡本さんの家や今まで制作した作品もすべて燃えてしまっていたといいます。

そんな過酷な状況の中から、世田谷にアトリエを構え、また作品作りをスタートさせました。

その後、現在は渋谷駅に設置されている「明日の神話」や大阪万博の「太陽の塔」など後世に残る作品を生み出した岡本さんは、1996年に84歳でこの世を去りました。

岡本太郎のことば

岡本太郎 イラスト

自分に能力がないなんて決めて、引っ込んでしまっては駄目だ。なければなおいい、今まで世の中で能力とか、才能なんて思われていたものを越えた、決意の凄みを見せてやる、というつもりでやればいいんだよ。

下手のほうがいいんだ。笑い出すほど不器用だったら、それはかえって楽しいじゃないか。

信念のためにはたとえ敗れるとわかっていてもおのれを貫く。そういう精神の高貴さがなくて何が人間ぞとぼくはいいたいんだ。

生きる日のよろこび、悲しみ。一日一日が新しい彩りをもって息づいている。

手なれたものには飛躍がない。常に猛烈なシロウトとして、危険をおかし、直感に賭けてこそ、ひらめきが生まれるのだ。

人生は積み重ねではなく、積み減らすべきだ。

人生はキミ自身が決意し、貫くしかないんだよ。

言葉から見た、岡本太郎てこんな人!

職業肩書き、岡本太郎

岡本太郎さんの言葉からは、過去や未来に対することではなく、今という瞬間を常に見ていた。ということを感じさせられます。

それは若くしてヨーロッパに渡り先鋭的な芸術に触れたり、戦地の過酷な環境などを経験することで、今生きることの大切さ、既成概念にとらわれないことの大切さを感じたのかもしれません。

岡本さんの作品は絵だけに止まらず、モニュメントや写真、書道や文学に至るまで実に多才でした。今自分が感じたものを感じたままに表現する

職業、岡本太郎」そんな強烈な個性を放った人でした。

岡本太郎の名言からの学び。[どう生きるかの覚悟を決める]

自分らしさとは決断から生まれる。

岡本太郎さんの言葉たちから一貫して感じることは、自分がどう生きたいかが明確であり、そしてそこには強い覚悟があるということです。

新しいことを成すには、批判や逆境は当たり前で、それらを全部受け止め、壊し進んでいかなければなりません。実際岡本さんは保守的な芸術家から妬まれ、色々な妨害も受けたといいます。

しかし岡本さんには自分が進みたい道に覚悟があったから、最期の時まで強烈な個性を生み出し続けられたのだと感じさせられます。

どう生きるかを決めるには覚悟が必要である

そして、その覚悟が強ければ強いほど、自分らしく生きられる

人生には色々な岐路がありますが、そのような状況になった時、「どう生きるか、生きたいか」を常に問われている気がします。

日本を代表する芸術家、奇才岡本太郎の言葉から、覚悟を決めることの大切さを学びました。

今日の英語

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determination・・・・覚悟

decision・・・・決断

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