サッカーの王様ペレの名言からの学び。[好きこそ物の上手なれ ]

ペレ 画像 世界の偉人の名言

すべては練習のなかにある。

サッカー史上最高の選手の一人と言われているブラジルのサッカー選手、ペレ

サッカーの王様という異名を持ち、ブラジル代表として3度のワールドカップ優勝を経験、選手としては1363試合に出場し1281得点という驚異的な記録を残しました。

そんなペレの名言を紹介し、その言葉たちからの学びである「好きこそ物の上手なれ」について書いていきます。

ペレてどんな人?

  • 父親もサッカー選手だった
  • 17歳で得点王
  • 10番を背負いワールドカップで優勝
  • 7万に祝福されながら引退
父親もサッカー選手だった

ペレは1940年にブラジル南部の町に生まれます。父親もサッカー選手をしており、ペレと一緒でフォワードとして活躍していました。

一時期は強豪のアトレチコ・ミネイロにも所属していましたが膝を怪我してしまい、その後は小さなクラブを転々とします。そして怪我の影響も大きく間も無くして現役を引退します。

これにより家族は生活も苦しくなるくらい収入がなくなってしまいます。そして父親が別の仕事を見つけるまでは、ペレも靴磨きの仕事で家計を支えました

17歳で得点王

父の影響もあってか幼い頃からサッカーに親しんでいたペレ。しかし母親は不安定なサッカー選手ではなく、勉強して就職して欲しいと願っていました。そんな母を尻目にペレはストリートサッカーなどで技術を磨き、プロへの思いを強くしていきました。

1954年に地元にあるクラブが下部組織をつくったことに伴い、ペレは14歳でそこに入団することになります。そこで技術や戦術を磨き、15歳の時にブラジルでトップクラスの名門チームである、サントスFCに入団します。

入団から数ヶ月後の親善試合で初得点を挙げると、同じポジションのレギュラー選手の負傷などもあり、徐々に出場機会を得ていきます。そして17歳でサンパウロ選手権で得点王に輝くなど早くからその才能を開花させます。

10番を背負いワールドカップで優勝

そして翌年の1958年に行われたワールドカップでは当時の最年少記録で出場し、得点ランキング2位となる6得点をあげ、ブラジルの優勝に貢献します。この時、偶然にペレに割り振られた背番号が「10番」でした。ペレが10番を着たことで、サッカーにおいて10番がエースナンバーとされるようになりました。

その後も国内リーグで6人抜きでゴールを決めるなど圧倒的な実力で活躍したペレはヨーロッパのクラブからも次々とオファーが舞い込みます。

しかしペレがあまり乗り気ではなかったのに加え、ブラジル政府が国を挙げて移籍を阻止するという宣言までするなど、ブラジルではスポーツ選手の枠を超えた存在でした。

その後もサントスFCでプレーを続け、29歳の時には通算1000得点を達成します。この歴史的の瞬間を見ようとスタジアムには6万5千人もの人々がつめかけ、サンパウロ市はこの日を記念し、「ペレの日」と定めました。

7万に祝福されながら引退

選手晩年には、自身にとって唯一の海外チームとなるアメリカのニューヨークコスモスに移籍します。この時ペレは35歳、当時サッカー途上国であったアメリカにサッカーを普及させたいという願いを受けての移籍でした。

ペレの加入により一気にリーグも盛り上がりをみせ、多くの人がスタジアムに訪れました。そして37歳で現役引退を決断、引退試合となった古巣のサントスFC戦ではスタジアムに集まった7万5千人もの人がペレの最後のプレーを見とどけました。

現役引退後はサッカーだけでなく、経営者や政治家としても活躍しているペレ。現代でもサッカーの王様と言われるその伝説は多くのサッカー選手に影響を与えています。

ペレの名言

ペレ イラスト

21年間のキャリアの中で、いいプレーができなくて批判を受けたことはあるけれど、走らなかったことで批判されたことは一度もない。

成功は決して偶然ではない。勤勉、忍耐、知識、学び、犠牲、そして何よりも自分が取り組んでいることへの愛情が必要だ。

多くの人がたくさんのゴールを決めた人間を「偉大な選手」だと思う。なぜならゴールはとても重要だからだ。しかし、本当に偉大な選手とは、フィールドであらゆることができる選手だ。アシストをして、メンバーを励まし、みんなに前進する自信を与えることができる人間だ。チームがうまくいかないときにはリーダーになれる選手だ。

ベートーベンやミケランジェロが歴史上に一人しかいないように、ペレもまた一人しかいない。

他人を尊重しなければならい。そして身体を鍛えるための努力も必要だ。わたしはかつてとてもハードな練習をしていた。他の選手が練習後にビーチに行ってしまったときも、わたしはボールを蹴っていたんだ。

人生のどのような場面でも、人間は一人では活動できない。私たちは常にあるチームの一員であり、皆がそれぞれの役割を持っており、それぞれに重要である。

愛だ。スポーツにも政治にも、いや人間が生きていくのに最も大切なものは愛だ。

言葉から見た、ペレてこんな人!

サッカーを変えた王様

サッカーの王様の異名を持つペレは、その名に恥じぬほどの規格外の活躍を続けてきました。

身長は171センチと決して恵まれた体格ではないものの、高い身体能力と独創的なプレーで相手を翻弄し、自身が考案したプレーも数多くあったと言います。

それにより対戦相手から多くの反則を受けるようになったペレ。それがあまりにも多すぎたために、現在では当たり前となっているレッドカードやイエローカード、選手交代などもこの時に導入されました。

そんなサッカーのルールも変えてしまうくらいの存在感を示したペレはまさに王様と呼ぶにふさわしい存在でした。それは彼の「ベートーベンやミケランジェロが歴史上に一人しかいないように、ペレもまた一人しかいない。」という言葉からも感じれるように自他共に認めるくらいの唯一無二な選手でした。

サッカーを変えた王様。それがペレという人でした。

サッカーの王様ペレの名言からの学び。[好きこそ物の上手なれ ]

何事も愛情を持って

今回のペレの言葉で印象的だったのが「成功は決して偶然ではない。勤勉、忍耐、知識、学び、犠牲、そして何よりも自分が取り組んでいることへの愛情が必要だ。」という言葉でした。

ペレも言うように努力や知識など成功に必要なものはたくさんあるでしょう。しかし、その数々の行動につながるものは、情熱や愛情だったりという心の存在です。

好きこそものの上手なれ」ということわざもありますが、ただの努力では苦しいだけです。

好きという感情があるからこそ、苦しくても頑張ろうと思えるし、もっと知りたい、上手くなりたいと、辛い思いを超えた能動的な行動につながっていくのだと感じます。

自分のやることに愛情を持てるかどうか。それが何をやるにおいても大切であり、それがあるかないかで大きく成果は変わってくるのだと、ペレの言葉に触れて感じました。

何事も愛情を持って

サッカーの王様ペレの言葉からそれを学びました。

関連のある人

ヨハン・クライフ

オランダのサッカー選手。クライフはペレのことを「ペレは論理の限界を超えている唯一の選手だ」と表した。

今日の英語

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affection・・・愛情

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