[手塚治虫]日本の漫画文化のを作った先駆者の名言

日本の偉人の名言

人を信じよ、しかし、その百倍も自らを信じよ。

僕は北海道の田舎で育ちました。(苫小牧市)(マー君とは1歳違い)

田舎なので小学校も小さかったです。

小学校も小さかったので、その中にある図書室も小さかったです。

そんな図書室にも漫画が置いてありました。

はだしのゲン手塚治虫ブラックジャックブッダの三種類。

小さい頃は活字が嫌いだった僕は、図書室ではこの三つを読んでいた記憶があります。

その当時流行っていた漫画も読んでいたけど、

手塚治虫の漫画はそれとは全く別の魅力というか引き込まれる感じがありました。

難しいテーマを扱っていて、知的な内容が多かった。(ブッダとか特に・・・)

漫画なのに活字の小説のような重みがあった気がします。

鉄腕アトム、ジャングル大帝、などみんな知っているような作品をいくつも残している手塚治虫。

医学部を卒業し、医師免許も取得していたのも有名な話です。

手塚治虫の言葉

人を信じよ、しかし、その百倍も自らを信じよ。

医者は生活の安定を約束していた。しかし、僕は画が描きたかったのだ。

現代の日本は一般的な週刊誌だけでなく、同人誌や個人出版など、様々な漫画文化が存在し、

それがサブカルチャーとしてのジャンルを確立しています。

海外の多くの人も魅了する巨大なムーブメントを起こしています。

手塚治虫はそんな漫画文化の先駆者的な人物です。

漫画家という職業が不確かな時代に、名作を作ることで裾野を広げていきました。

それを見た子供達の多くが漫画家を志すようにもなったのです。

手塚治虫がいなかったら、今の日本の漫画文化はなかったかもしれない。

そんなことも言い過ぎではないような影響を残した人物でしょう。

医者という社会的地位もあり安定的な職業に就けたにもかかわらず、

漫画家の道を突き進んだ手塚治虫。

それは一言で漫画が好きだったからなのでしょう。

60歳で胃癌でなくなってしまうのですが、

げんに死ぬ間際の病室でも漫画を描き続けていたようです。

それほどまでに没頭し、熱中できるものを見つけた彼の人生は

とても幸せだったはずです。

– Today’s Language – 

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先駆者

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