キング牧師の名言からの学び。[共に生きる意味と大切さ]

キング牧師世界の偉人の名言

正義とは、愛に反するものを正していく愛のことなのです。

アメリカにおいて黒人の人権、公民権を訴えた活動家、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア

通称キング牧師で知られている彼は「I Have a Dream(私には夢がある)」と非暴力でその権利を訴えました。そしてそれが多くの民衆と国を動かし当時の史上最年少でノーベル平和賞も受賞しました。

今日はそんなキング牧師の名言を紹介し、その言葉たちからの学びである「共に生きる意味と大切さ」について考察しました。

キング牧師てどんな人?

  • 6歳の時に人種差別を経験
  • ガンジーの非暴力運動に影響を受ける
  • バス乗車拒否のボイコットを敢行
  • 公民権の制定とノーベル平和賞受賞
6歳の時に人種差別を経験

マーティン・ルーサー・キング・ジュニアことキング牧師は1929年にジョージア州のアトランタで生まれました。父親はバプテスト教会の牧師をしており、宗教改革の中心人物であったマルティン・ルターからその名を取り、名付けられました。

キング牧師が生まれた年に起きた世界恐慌の影響でアメリカ経済は冷え込み、街には多くの失業者で溢れました。中でも黒人への影響は大きいものでしたが、キング牧師は教会の仲間たちや周りの人たちと支え合いながら幸せな環境で育ちます。

キング牧師には3歳ころか仲良くしていた白人の友達がいました。しかし6歳になると友達とは別々の小学校に入学し、またその子の親から「もう遊ぶことはできない」と告げられます。これがキング牧師が初めて人種差別を意識させられた瞬間でした。

13歳の時に地元の高校に進学したキング牧師は飛び級で高校を卒業、またこの頃に父親と同じよに牧師になる道を意識し始めます。

ガンジーの非暴力運動に影響を受ける

大学時代は法律を学び法律家としての将来も考えましたが、最終的に説教者の免許を取得し、4年生の時には牧師に任命されました。

大学卒業後はクローザ神学校で3年間、その後ボストン大学の神学部に進み勉学に励みました。この時にキング牧師の思想に大きな影響を与えたのが、インドを非暴力によ独立へと導いたマハトマ・ガンディーでした。

そして1954年にアラバマ州のモンゴメリーにあるバプテスト教会の牧師に就任することとなります。他にもアメリカ北部の教会や大学から就任要請があった中、キング牧師は人種差別の激しいモンゴメリーを選んだのでした。

バス乗車拒否のボイコットを敢行

1863年に奴隷解放宣言が行われたアメリカでは、奴隷制度はなくなっていきましたが、人種隔離制度によりあらゆる場面(学校、トイレ、公共施設など)で白人と黒人を分ける政策が進み、人種差別は日常化していました。

キング牧師がモンゴメリーの教会に就任した翌年、彼の人生を変える事件が起こります。バスに乗っていた一人の黒人女性が、白人に席を譲らなかったために逮捕されるというローザ・パークス逮捕事件です。

この事件をきっかけに黒人たちはバスに乗らないというボイコットを決行し、キング牧師はその運動の先頭に立つようになります。彼らの運動を阻止しようとキング牧師に対する脅迫や、暴力的な妨害行為などが頻発する中、それにひるむことなく徹底した非暴力での抗議を行いました

公民権の制定とノーベル平和賞受賞

この地道な行動により次第に世論は動き始め、1963年に行われたワシントン大行進には20万人を超える人が集まり、そこには黒人だけでなく白人の姿も多くありました。この時に語った「I Have a Dream」という有名な演説は後世にも語り継がれています。

そして1964年に当時のジョンソン大統領の下、ついに公民権法(神のみ前で平等であるものは、投票所、教室、工場、ホテル、レストラン、映画館、その他の公共施設においても平等である)が制定され、国家を挙げて人種差別撤廃に向かうこととなりました。

キング牧師はその年のノーベル平和賞を受賞し、その後もベトナム戦争に反対する運動に取り組むなど、精力的に活動を続けていきました。しかし1968年にテネシー州の黒人清掃者たちによるデモ行進に参加、演説活動を行う最中、ホテルのバルコニーで銃撃にあい、運ばれた病院で39年の生涯を終えることとなります。

キング牧師の名言

キング牧師 イラスト

わたしは内なる声を聞いたように思った。マーティン・ルーサーよ、義のために立て、正義のために立て、真理のために立て。見よ、わたしはあなたと共にいる。

闇は、闇で追い払うことはできない。光だけがそれを可能にする。憎しみは憎しみで追い払うことはできない。愛だけがそれを可能にする。

白人の兄弟の多くの者が、今日ここに出席してくれているように、彼らの運命とわたしたちの運命とは一つなのだから。白人の兄弟たちは彼らの自由がわたしたちの自由と分かつことのできないものであることを理解しているのだ。わたしたちは一人では歩けない。

人を許すことを覚え、身につけなければいけません。許す力量のない者には、愛する力もありません。最悪の人間にもどこか取り柄があるように、最高の人間にも悪い面はあります。これがわかれば、敵を憎む気持ちが薄れます。

みなさんは創造的苦難のベテランである。どうか不当に受ける苦難は贖罪的であるという信仰をもって、闘い続けていただきたい。そしてそれぞれの地へと戻っていこう。この状況は必ず変えられるし、また変わっていくであろうと自覚しながら。

人生で最も永続的でしかも緊急の問いかけは、「他人のために、いまあなたは何をしているか」である。

正しい法とは、道徳法あるいは神の法と一致する人間の法のことである。正しくない法とは、道徳法と調和しない人間の法のことである。人間の人格を高める法は正しい法であり、人間の人格をおとしめる法は正しくない法である。すべての人種隔離法は、人間の魂をねじ曲げ、人格を傷つける。

言葉から見た、キング牧師てこんな人!

憎しみを愛で許した人

隔離などによる人種差別がひどかったキング牧師の時代。

それより前には奴隷という家畜のように扱われる時代が黒人の人たちの歴史にはありました。イギリスなどのヨーロッパの大国が海上貿易に力を入れ始めると、アフリカの国々を植民地とし、そこから多くの人たちがアメリカへと奴隷として運ばれました

16世紀~19世紀まで行われたこの奴隷貿易で少なくとも1500万人の人がアメリカに送られたといい、そこで人間として扱われることはありませんでした。

そこからリンカーンによる奴隷解放宣言があり、キング牧師の運動による公民権法の制定など、少しずつ彼らの環境は改善されつつあるものの、現代でもその差別意識は根深く残っています。

人種が違うという謂れのない理由により何百年にわたり苦痛を味わってきた黒人の人たちの怒りや憎しみは計り知れません

それは黒人であるキング牧師も抱いた感情でしょう。しかし彼はその恨みを暴力という手段を取ることなく、どこまでも非暴力でその正義を訴え続けました

キング牧師は与えられた痛みを怒りや憎しみで返すことに未来はないと考えました。そして歴史をかけて受けた苦痛を許し愛で返すことでしか平和は実現されないと理解していました。

それは彼の「人を許すことを覚え、身につけなければいけません。許す力量のない者には、愛する力もありません。最悪の人間にもどこか取り柄があるように、最高の人間にも悪い面はあります。これがわかれば、敵を憎む気持ちが薄れます。」という言葉からも感じ取れます。

国を挙げてベトナム戦争を正当化し、多くの国民も賛同していた時代でも、反対を受けながら暴力では何も解決されないのだと訴え続け、最期の日までその姿勢を貫き、憎しみを愛で許した人。それがキング牧師という人でした。

キング牧師の名言からの学び。[共に生きる意味と大切さ]

共生。わたしたちは一人では歩けない

今回のキング牧師の名言で印象的だったのが「白人の兄弟の多くの者が、今日ここに出席してくれているように、彼らの運命とわたしたちの運命とは一つなのだから。白人の兄弟たちは彼らの自由がわたしたちの自由と分かつことのできないものであることを理解しているのだ。わたしたちは一人では歩けない。」という言葉でした。

キング牧師は白人に与えられた権利と同じように、黒人にも平等にその権利を求めました。それ以上の権利、黒人が白人よりも優位になることは求めませんでした。

差別、格差、優劣というのはどこの国にもある問題です。そしてそれは国や社会の中だけでなく、人と人。個人間の中でも存在します。

いい暮らしがしたい。出世したい。人気が欲しい・・・。他の人よりも。そんな「人より優位に立ちたい」というのは誰しも抱いたことがある感情ではないでしょうか。

誰しも弱く、いろいろな負の感情を持ちますが、そこで忘れてはいけないのは自分一人では生きていないという現状であり、人は助け合い共存している感覚だと感じます。

キング牧師の運動には多くの白人の人も共感し、参加しました。倫理、道徳的な側面もありますが、アメリカの産業、特に農業で黒人なしには発展して来れなかった歴史があり、同じ国に生きてきた同じ人間であるという感覚が、多くの白人の良心を動かしたのではないでしょうか。

キング牧師が語った「わたしたちは一人では歩けない。」という言葉はとても重く、他人に対する敬いや尊びの精神もこの感覚を強く持てるかで、その態度は大きく変わってくるのだと、キング牧師の言葉に触れて感じさせれらました。

共生。わたしたちは一人では歩けない

非暴力により黒人の自由と権利を訴え続けたキング牧師からそれを学びました。

関連のある人

マハトマ・ガンジー

インドの独立の父と言われる活動家。イギリスの植民地となっていたインドを非暴力による運動で独立へと導いた。

今日の英語

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live together・・・共生

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