宮崎駿の名言からの学び。[今をよく生きる]

偉人の名言

目の前の子供に「生まれてきてくれてよかった」って言いたい気持ちがあるから映画を作ろうって思うんです。

日本のアニメ監督、宮崎駿さん。

世界に誇るジブリ映画を数々生み出し、2001年に公開された「千と千尋の神隠し」は現在でも日本で一番ヒットした映画になっています。その他にも「ルパン三世 カリオストロの城」や「未来少年コナン」「アルプスの少女ハイジ」など日本のアニメ史に残る作品を数々残した日本を代表するアニメ監督です。

今回はそんな宮崎駿さんの名言を紹介し、その言葉たちからの学びである「今をよく生きる」について考察しました。

宮崎駿てどんな人?

宮崎駿の名言からの学びのイラスト4
  • 世界大戦の最中に生まれる
  • 長編アニメ映画に魅了される
  • 38歳で映画監督デビュー
  • スタジオジブリを設立し、数々の名作を生み出す
世界大戦の最中に生まれる

宮崎駿さんは1941年に東京に生まれます。祖父は特許を持つ発明家であり、町工場を経営していました。また父親はその工場を引き継ぎ、航空機製作所を設立するなど会社を大きくします。そのため宮崎さんはとても裕福な家庭環境でした。

しかし宮崎さんが生まれた時は第二次世界大戦の真っ只中でありました。空襲なども経験し、また「20歳まで生きられないかもしれない」と医者に言われるほど体が弱かった宮崎さんは激動の幼少期を過ごします。

小さい頃から絵を書いたり本を読んだりすることが好きだった宮崎さん。特に漫画に熱中し、手塚治虫さんなどの漫画作品をよく読んでいたといいます。

長編アニメ映画に魅了される

中学生になると美術の先生から油絵を学びます。高校では手塚さんの影響を受け、漫画家になろうと自分でも漫画を描き始めます

そして高校卒業間際に観た日本で初めての長編アニメーション映画白蛇伝」に衝撃を受け、そこからアニメーションにも心惹かれるようになります。

大学は美大に行くことを願いますが、父親の反対を受け学習院大学に進学。それでも独学でデッサンなどを学び、漫画も描き続け、出版社に持ち込みもしていました。

38歳で映画監督デビュー

大学卒業後は「白蛇伝」を制作していた東映動画に入社します。漫画家への道も捨て切れないでいた宮崎さんですが、ソ連が制作した「雪の女王」という長編アニメに感銘を受け、アニメーションの世界で生きていこうと決めます。

この頃、のちに一緒にスタジオジブリを立ち上げる高畑勲さんに出会います。宮崎さんの画力は社内でもズバ抜けており、早くから頭角を現します

その後、「アルプスの少女ハイジ」や「未来少年コナン」などの話題作を制作し、38歳の時に初の映画監督作品である「ルパン三世 カリオストロの城」が公開されました。

今でこそルパンシリーズの中で人気の高い作品ですが、公開された時は客席はまばらで興行的には失敗とされるものでした。これをきっかけに、作品を提案しても企画は通らず映画に携われない期間が続きます

スタジオジブリを設立し、数々の名作を生み出す

そんな時に鈴木敏夫さん(のちにスタジオジブリのプロデューサー)から「風の谷のナウシカ」の映画化を勧められ、まずは雑誌で漫画を連載し、それを原作とした映画が1984年に公開されます。

その翌年、鈴木敏夫さんがいた徳間書店の出資を受けて「スタジオジブリ」を設立すると、「天空の城ラピュタ」「となりのトトロ」「もののけ姫」などの作品を発表し、そして2001年に公開された「千と千尋の神隠し」は日本の映画史上トップとなる興行収入308億円の大ヒットを記録します。

宮崎さんは2013年に公開された「風立ちぬ」を最後に長編映画引退を発表しますが、その後再び制作の現場に戻ることを決め、現在も次回作に向けた活動を続けています。

宮崎駿の名言

宮崎駿の名言からの学びのイラスト1

森を壊し自然を壊す人間たちを悪人で、レベルが低くて野蛮な人たちだと言うなら、人間の問題というのはずいぶん解決しやすいんです。そうじゃなくて人間の最も善なる部分を押し詰めようとした人間たちが、自然を破壊するところに人間の不幸があるんです

才能はたいていの人が持っているんだけど、才能のあるなしじゃなくて、それを発揮するエネルギーがあるかどうか。

つい偉そうに文化人ヅラして「子育ての環境とは」などという発言をしてしまうことがありますが、たいてい誰も聞いていません。つまり、いくら発言をしてもなんの影響力もないのです。必要なのは、理念を語ることではなくて実際になにかをやることです。

一人ひとりが自分は何をするかを考える時です。それぞれができる範囲のことをやればいい。木を残すことと近所を掃くことは、価値としては同じではないかと思うのです。

もう、とことん考える。ありとあらゆる方向を探るんです。とことん困ると、奥のほうでふたが開くんです。そのふたが開くと、最初に考えもしなかった方向が見えたりする。それでもう一歩進めるんです。

今の世の中全体のことで、政治がどうとか、社会状況がどうとか、マスコミがどうのこうのということじゃなくても、自分ができる範囲で何ができるかって考えればいいんだと思います。それで、随分いろんなことが変わってくるんじゃないでしょうか。

理想を失わない現実主義者にならないといけないんです。理想のない現実主義者ならいくらでもいるんですよ。

言葉から見た、宮崎駿てこんな人!

宮崎駿の名言からの学びのイラスト3

妥協のないクリエイター

幼少期から絵を描くことが得意だった宮崎さん。手塚治虫さんの漫画に熱中し、将来は漫画家になることを夢見ていました。

時間が経ちそこからアニメーションの世界に行くことになりますが、絵を描くことが得意な人たちが集まる制作会社でも宮崎さんの才能は突出しており、新人ながら演出家や監督にも意見するなどアニメに対する強いこだわりと意志を持っていました

また未来少年コナンでは監督や演出、キャラクターデザインや脚本、原画などを1人でチェックするなど、気が遠くなりそうなほどの膨大な仕事量をこなします

「もののけ姫」ではスタッフのラフスケッチに納得がいかず何度も自分で一から描き直すなど、才能だけでなく常に妥協のない姿勢で作品作りに取り組んでいました。

それは宮崎さんの「もう、とことん考える。ありとあらゆる方向を探るんです。とことん困ると、奥のほうでふたが開くんです。そのふたが開くと、最初に考えもしなかった方向が見えたりする。それでもう一歩進めるんです。」という言葉からも感じることができます。

そんな良いものを作るために身を削り、手を抜かずに生み出された作品だからこそ、多くの人の心を感動させることができるのだと感じさせられます。

妥協のないクリエイター。それが宮崎駿という人でした。

宮崎駿の名言からの学び。[今をよく生きる]

宮崎駿の名言からの学びのイラスト2

今できるをしていく

今回の宮崎駿さんの名言で印象的だったのは「森を壊し自然を壊す人間たちを悪人で、レベルが低くて野蛮な人たちだと言うなら、人間の問題というのはずいぶん解決しやすいんです。そうじゃなくて人間の最も善なる部分を押し詰めようとした人間たちが、自然を破壊するところに人間の不幸があるんです。」という言葉でした。

日本は戦争後に高度経済成長を経て、急速に物質的な豊かさを手に入れてきました。またそれは日本だけでなく、世界をみても発展の差はあれど数十年前までは想像もできなかったことが現実にあり、日々文明の進歩を強く感じさせられます。

その中で語られて久しいのが「環境問題」です。

この問題は常に人類の進歩と共にあり、地球温暖化など深刻化しているのも少なくはないでしょう。これらの問題は人間が引き起こしたものですが、発端を考えると「地球を破壊したい」という思いから始まったものではないはずです。

大気汚染をする自動車などの機械や工場なども元は人の暮らしをよくする為、という純粋な善意の思いから作られたものでしょう。

そんな善意が、気がつくと未来の悪に変わることもある。工場や自動車も少数の時代で問題なかったことが、数や規模が拡大することで問題へと変わってしまう。

今回宮崎さんの言葉に触れ、そんな人の善意について改めて考えさせられました。

そして宮崎さんはこうも言っています。「一人ひとりが自分は何をするかを考える時です。それぞれができる範囲のことをやればいい。木を残すことと近所を掃くことは、価値としては同じではないかと思うのです。」

過去の行いが未来に良い働きをするかはわかりません。だからこそ、現実に満足することなく常に謙虚に今を受け止めながら、自分ができる善をしていくことが大切なのだと、感じさせられました。

今できる善をしていく

日本を代表するアニメ監督、宮崎駿の名言からそれを学びました。

今日の英語

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virtue・・・善

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