チェ・ゲバラの名言からの学び。[信頼は相手の立場に立つこと]

チェゲバラ 画像世界の偉人の名言

私を導くものは、真実への情熱だけだ。あらゆる問題について、私はこの点から考える。

キューバ革命のゲリラ指導者チェ・ゲバラ

腐敗していた独裁政権のキューバでフィデル・カストロ共に戦い、キューバ革命を成就させました。

今日はそんなチェ・ゲバラの名言を紹介し、その言葉たちからの学びである「信頼は相手の立場に立つこと」について考察します。

チェ・ゲバラてどんな人?

  • アルゼンチンで生まれ育つ
  • カストロと出会いキューバを目指す
  • 革命に賛同する民衆とともに政府を制圧
  • キューバを離れ生涯革命家の道へ
アルゼンチンで生まれ育つ

チェ・ゲバラは1928年にアルゼンチンで生まれます。キューバのイメージが強いゲバラですが、両親二人ともアルゼンチン人で、育ったのもアルゼンチンでした。

幼少期のゲバラはあまり体が丈夫ではありませんでした。2歳の時に重度の喘息と診断されると、時には命の危険にさらされることもあり、酸素吸入器が手放せないくらいでした。しかしそんな体でもラグビーなど激しいスポーツを好んでいたと言います。

19歳の時にブエノスアイレス大学の医学部に入学し、医者を目指したゲバラ。しかし在学中に友人と南アメリカの国々をオートバイで放浪旅行をしたことをきっかけに、大きく人生が変わってきます。

ゲバラはアルゼンチンの中でも比較的裕福な家庭環境でした。しかしこの放浪の旅でアルゼンチン以外の様々な国を見て回りながらリアルな貧困、社会問題を目の当たりにします

カストロと出会いキューバを目指す

これらの経験から医者として人を救うのではなく、病人を出さない社会構造そのものから変える必要があると考えました。

その後25歳で医師免許を取得し、卒業後すぐにまた南米放浪の旅に出たゲバラはグアテマラで医者をすることになります。

当時のグアテマラは政権が変わり、アメリカの資本から経済独立しようといろいろな改革を試みていました。

しかしそれによりアメリカとの関係が悪化、アメリカの後押しを受けた反抗勢力とグアテマラ政府との間で内戦が起こります。ゲバラは政府軍に味方し戦いに参加するも政府軍は敗北。グアテマラにいれなくなったゲバラはメキシコに渡ります。

そして1955年、そのメキシコの地で、当時キューバから亡命していたフィデル・カストロと出会います。当時のキューバは国内の主要インフラが全てアメリカの巨大資本に握られており、親米バティスタ独裁政権のもと不条理な政治が横行していました。

革命に賛同する民衆とともに政府を制圧

そのバティスタ政権崩壊を目指すカストロの想いにゲバラは深く共感し、自身も革命軍に加わることを決めます。しかしそのスタートはかなりの逆境からでした。キューバ上陸には成功するもその情報が事前に敵側に漏れ、待ち伏せされた革命軍は多くの仲間を失ってしまいました。

しかしカストロを中止に体制を立て直すと、政府に抑圧されていた民衆も立ち上がり徐々に革命軍は大きくなっていきました。それでも人数や軍事力では圧倒的に劣っていたため、様々な頭脳線を駆使し、徐々に政府軍を追い詰めていきます。

この時ゲバラは革命軍の中でもカストロに次ぐ影響力を持っていました。そして1958年、キューバ第二の都市サンタクララに突入すると、多くの市民の加勢も受け制圧に成功します。

キューバを離れ生涯革命家の道へ

そしてその数日後バティスタがドミニカ共和国に亡命したことにより政権は崩壊し、キューバ革命はなされたのでした。そしてカストロとゲバラを中心に新しいキューバを建設していきます。

ゲバラは国立銀行総裁という役職に就いたものの、自分の給料は半分に減らし、建設現場や農場で働く人たちの中に入り、一緒に誰よりも汗を流し働きました。

そして1965年、37歳の時にキューバを離れ、また混乱の最中にある国に行くことを決断します。コンゴ民主共和国、ボリビアへと渡り革命軍に参加、そして1967年にボリビア政府軍に捕らえられ、最後は射殺。革命に生きた39年の生涯を終えました

チェ・ゲバラの名言

チェゲバラ イラスト

我々にとって社会主義の確かな定義は、“人間の人間による搾取の撤廃”以外にない。

一人の人間の命は、地球上で一番豊かな人間の全財産の百万倍の価値がある。隣人の為に尽くす誇りは、高所得を得るより遥かに大切だ。蓄財できる全ての黄金よりも遥かに決定的でいつまでも続くのは、人民たちの感謝の念だ。

世界のどこかで誰かが被っている不正を、心の底から深く悲しむ事の出来る人間になりなさい。それこそが革命家としての、一番美しい資質なのだから。

自分自身が、黒人に、ムラトーに、労働者に、農民にならなければならない。国民に自分から近づいていかなければならない。国民のリズムに反応することだ。

バカらしいと思うかもしれないが、真の革命家は偉大なる愛によって導かれる。人間への愛、正義への愛、真実への愛。愛の無い真の革命家など想像できない。

もし私たちが空想家のようだと言われるならば、救い難い理想主義者だと言われるならば、できもしないことを考えていると言われるならば、何千回でも答えよう、「そのとおりだ」。

あらゆる国家は平和的に共存しなければならない。国の規模、それまでの歴史的関係、国家間でなにかの時に持ち上がるかもしれない問題とは切り離して考えるべきだ。

言葉から見た、チェ・ゲバラてこんな人!

人を愛し尊んだ人

当たり前ですがニュースを見ても基本的に自国のニュースが中心です。他国の社会情勢をたまに目にはしますが、僕を含め多くの人は情報だけを得るだけで、やはりどこか遠いところの出来事と捉えてしまうと思います。

チェゲバラはアルゼンチン人でしたが、そのほとんどの生涯を他国のため、そこに住む人たちの人生のために戦った人でした。

革命という武力での政権奪取に賛否両論はありますが、ゲバラは不条理な社会を変えたい、苦しんでいる人たちを助けたいという純粋な思いからそれはきているのだと、彼の「世界のどこかで誰かが被っている不正を、心の底から深く悲しむ事の出来る人間になりなさい。それこそが革命家としての、一番美しい資質なのだから。」という言葉からも感じさせられます。

人を愛し尊んだ人。それが革命家チェ・ゲバラという人でした。

チェ・ゲバラの名言からの学び。[信頼は相手の立場に立つこと]

同じことを経験し、乗り越える。

今回のチェゲバラの名言で印象的だったのが、「自分自身が、黒人に、ムラトーに、労働者に、農民にならなければならない。国民に自分から近づいていかなければならない。国民のリズムに反応することだ。」という言葉でした。

キューバ革命が成就した後、ゲバラはカストロと共にキューバを新しく再建しようと尽力します。アメリカの経済封鎖を受け資源不足に陥った時は、自ら農家や労働者に混じり、土運びやサトウキビの刈り入れなど、彼らと共に汗を流すことを大切にしました

そんなゲバラを理想主義者と揶揄する声もありましたが、民衆からは絶大な人気を集めたと言います。それは上から指示を出すだけでなく、自ら彼らの立場を同じ環境で経験したいという姿勢をみて、感化されたのだと感じます。

人にはそれぞれの人生があり、上辺だけではわからないことだらけです。本当に人からの信頼を得るためには、まず相手の立場に立って物事を考える必要がある。

そしてそれ相手の立場に立つには、同じ苦労を身をもって体験することも大切なのだと、ゲバラの言葉に触れた感じさせられました。

理想を掲げて戦った革命家チェゲバラの名言からそれを学びました。

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revolution・・・革命

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