チャールズ・ディケンズの名言からの学び。[喜びを伝える力]

チャールズ・ディケンズ 画像偉人の名言

愛する心は、真の知恵である。

イギリスの小説家、チャールズ・ディケンズ

10年にわたりポンド紙幣の肖像画としても採用されるなど、イギリスを代表する文豪です。世界的な名作となった「クリスマス・キャロル」をはじめ「二都物語」や「大いなる遺産」などの作品を残しました。

今回はそんなチャールズ・ディケンズの名言を紹介し、その言葉たちからの学びである「喜びを伝える力」について考察します。

チャールズ・ディケンズてどんな人?

チャールズ・ディケンズてどんな人?
  • 過酷な幼少期を過ごす
  • ジャーナリストを目指し勉強
  • 24歳の時に小説家として注目される
  • 31歳の時に名作クリスマスキャロルを発表
過酷な幼少期を過ごす

チャールズ・ディケンズは1812年にイギリスで生まれます。父親は海軍の事務員をしていて、いわゆる当時の中流階級の家庭でした。しかし両親ともに浪費癖が激しく、家はいつも貧しかったといいます。

そのためディケンズは数年ほどしか学校に通うことができず、満足に教育を受けることもできませんでした。それでも両親の浪費癖は治らず、借金もふくらむいっぽうでした。

その後家は食べるのにも困るようになったために、ディケンズは12歳で親戚が経営していた靴墨工場に働きに出されることとなります。ディケンズにとってこの工場での期間は辛いものとなりました。

ジャーナリストを目指し勉強

父親は借金を返すことができず、逮捕され牢屋に入れられてしまいますが、その後運よく祖母の遺産が入ることとなり、借金を返済し、ディケンズは工場を辞め学校にも通うことができるようになりました。

そして15歳で学校を卒業すると、法律事務所で助手として働き始めます。しかし仕事が合わなかったため一年ほどで事務所を辞めるとジャーナリストを目指し速記の勉強をはじめました

そして20歳をすぎた頃からジャーナリストとして少しずつ活動できるようになりました。仕事と並行して小説を書くようになったディケンズはたびたびそれを雑誌に投稿していました。

24歳の時に小説家として注目される

そして21歳の時に初めて月刊誌に短編小説が取り上げられると、より一層執筆活動に力を入れるようになります。そして様々な雑誌に小説やエッセイを投稿します。

24歳の時にはそれらの作品をまとめた小説集を発表すると、新生の小説家として注目されるようになります。そして次に発表した長編小説「ピクウィック・ペイパーズ」が大衆の人気を集め、ディケンズは若くしてイギリスの人気作家としての名声を手に入れました。

その後、作家としての活動以外にも記者であった経験を生かし雑誌の編集長なども努め、「オリバー・ツイスト」などの代表作を発表します。

31歳の時に名作クリスマスキャロルを発表

そして1843年に不朽の名作となる「クリスマス・キャロル」を刊行。これは最初「クリスマスの物語は売れない」と出版社に断れ、ディケンズが自費で出版したものでしたが、そんな予想を裏切り、発売からすぐにベストセラーとなりました。

その後も「二都物語」や「大いなる遺産」などの作品を発表したディケンズは、作家活動の他にも講演会や朗読会も行い、それも人気を博していたといいます。

晩年まで作家活動を続けていたディケンズは最後となる小説を執筆中の1870年、脳卒中により58年の生涯を終えることとなりました。

チャールズ・ディケンズの名言

チャールズ・ディケンズ イラスト

この世に生きる価値のない人などいない。人は誰でも、誰かの重荷を軽くしてあげることができるからだ。

病気や悲しみも人にうつるが、笑いと上機嫌ほど、うつりやすいものもこの世にない。

家族の愛こそが、人生最大の安らぎである。

自分がしてほしいと思うことを人に施す努力をせよ。もし相手がそうしてくれなくても、がっかりする必要はない。あなたが相手をがっかりさせるよりはずっといい。

誰もがたくさんもっている、今の幸せに目を向けなさい。誰もが少しはもっている、過去の不幸は忘れなさい。

生きている人間に魂がないことは、死人に魂がないことよりはるかに恐ろしい。

旅行者はその放浪によって、家庭のありがたさを学ぶ。

言葉から見た、チャールズ・ディケンズてこんな人!

チャールズ・ディケンズ 画像

今に幸せを見いだした人

イギリスを代表する小説家、チャールズ・ディケンズ。しかし両親が浪費家だったため、その幼少期はとても過酷なものでした。

親の都合で学校にも行けず働きに出されたディケンズはその当時をとても辛い時期だったと語っています。そんな少年期を乗り越え、ジャーナリストとなった彼はその文才を認められ、若くして小説家として活躍していきます。

自分の苦しい経験を受けてか、彼が書く物語は下級階層の市民や労働者の気持ちに寄りそった内容が多く見られました。その苦しい環境でも理想とユーモアを忘れず生きるヒューマニズムに多くの人が惹かれていったのです。

それはディケンズ自身が苦しい環境でも理想を捨てずに生きてきた体験があるからでしょう。そしてそれは彼の「誰もがたくさんもっている、今の幸せに目を向けなさい。誰もが少しはもっている、過去の不幸は忘れなさい。」と言う言葉からも感じることができます。

今に幸せを見いだした人。それがチャールズ・ディケンズと言う人でした。

チャールズ・ディケンズの名言からの学び。[喜びを伝える力]

チャールズ・ディケンズ 画像

自分の笑顔が相手の笑顔に変わる

今回のチャールズ・ディケンズの名言で印象的だったのが「病気や悲しみも人にうつるが、笑いと上機嫌ほど、うつりやすいものもこの世にない。」という言葉でした。

一時期、KY(空気を読む)なんて言葉も話題になりましたが、人間はその場の雰囲気、人の感情の揺れ動きを察知できる生き物です。

誰かが怒っていたり悲しんでいたりすると、なんだかどんよりした空気になったり、逆に周りが陽気に笑っていると、自分も少し明るくなったような気分になることもあるでしょう。

とかく人の喜怒哀楽は他人に移ることがあるのです。

そして今回のディケンズの言葉や「誘い笑い」などといった言葉にもあるように、喜びや楽しさという感情は、その中でも人に届くスピードが早いと、改めて感じさせられました。

笑うことで病気が治る」という医学的事実もあるように、自分の感情が相手の感情を動かす可能性があるというのであれば、よりポジティブな感情を動かした方がいい

笑いや楽しさががどの感情よりも伝わりやすいのであれば、負の感情に流されず前向きに笑うことができる自分でいたいと、チャールズ・ディケンズの言葉に触れて感じさせられました。

自分の笑顔が相手の笑顔に変わる

イギリスを代表する文豪、チャールズ・ディケンズの言葉からそれを学びました。

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