人は刹那に生きると共に永遠にも生きる。
明治時代に生きた歌人、作家である与謝野晶子。
「みだれ髪」の作者で有名ですが、女性の人権や教育をうったえる社会活動家でもありました。
今日はそんな与謝野晶子の名言を紹介し、その言葉達からの学びであるう「未来を創造する」について考察しました。
与謝野晶子とは?どんな人? 生い立ち・生涯・経歴を紹介
和菓子屋の娘として生まれる
与謝野晶子は1878年に大阪の堺市で生まれます。実家は老舗の和菓子屋を営んでおり、晶子は三番目の女の子でした。
9歳の時に漢字塾に入り勉強し、琴や三味線などの伝統楽器なども習っていました。
また10代の頃から文学に興味を持ち、樋口一葉などの小説に触れ、源氏物語などの古典や歴史書にも親しむようになりました。と同時に自分でも詩や短歌を書くようにもなります。
23歳で「みだれ髪」を発表
その後、女学校を卒業した晶子は実家のお店を手伝いながら、文学会の雑誌に自身の詩や短歌を投稿し始めます。
また22歳の時、後に夫となる歌人・与謝野鉄幹が創刊した文芸誌「明星」で短歌を発表しました。
そして翌年の1901年、自身初の歌集であり、代表作となった「みだれ髪」を刊行します。当時表立って書かれることがなかった女性の愛や恋愛感情を素直に詠んだ歌は賛否の議論を巻き起こしながらも、若い世代から多くの支持を得ました。
反戦など社会問題に対する歌を詠う
その3年後には日露戦争が始まり、晶子の兄弟も戦地に出兵しました。そして明星に投稿したのが「君死にたまふことなかれ」という兄弟を想い、反戦を唱えた歌でした。
国のために戦死することが名誉とされていた時代にそれを否定するかのような反戦歌は大きな非難を浴びます。しかし晶子は自分の素直な気持ちを歌にすることを何よりも大切にし、その後も戦争を嘆く歌を発表しています。
その後、夫がヨーロッパ留学をすることとなり、晶子もそれに同行します。イギリスやドイツなどの国々を訪れ西欧文化に触れます。
日本で初めての男女共学校を創設
それらの経験をもとに、晶子は女性の自立と、教育の権利を主張する活動を活発に行うようになります。そして1918年には母性保護論争で女性の社会的、経済的地位の向上を訴えました。
女性の自由、自立、教育の権利を強く持っていた晶子は1921年、夫や知人らと共に日本で初めての共学校である文化学院を創設し、男女平等の教育を実施しました。
その後も短歌や詩などの作品制作も精力的に行い、生涯で残した歌は5万首にもなったといわれています。歌人として社会・教育活動家として大きな影響を与えた与謝野晶子は63歳でこの世を去ることとなりました。
与謝野晶子の名言
要求すべき正当な第一の権利は教育の自由である。
目前の動きばかりを見る人たちは“自由は死んだ”と云うかもしれない。しかし“自由”は面を伏せて泣いているのであって、死んでしまったのではない。心の奥に誰もが“自由”の復活を祈っているのです
歌は歌です。誠の心を歌わぬ歌に、何の値打ちがあるでしょう
夫婦は毎日毎日愛の創作をしているのだ
女と申すもの、誰も戦争は嫌いです。当節のように死ねよ死ねよと言い、また何事も忠君愛国や教育勅語を持ち出して論じる事の流行こそ、危険思想ではないかと考えます
創造は過去と現在とを材料としながら新しい未来を発明する能力です
20世紀は男女の世紀でありたい
言葉から見た、与謝野晶子てこんな人!
歌で自由を唱えた人
与謝野晶子が生まれた明治時代の初期は、完全な男社会であった江戸時代が終わり、新たな時代への幕開けでもありました。
西洋などの外国文化も入り、女性の立場に対する見直しもさけばれていた中、何人かの日本人女性が海外に留学するなど、その環境は変化したように思われました。
しかし、現実的には明治5年に学令という教育令が発布されますが、女性が受ける教育は良い妻、良い母を育てることを前提としており、今のような社会で活動するための学びはありませんでした。
その後も男女平等、女性の権利というものは憲法で定められながらも、現代でさえまだ色々な問題を抱えている現状があります。
そんな深い問題に短歌という芸術で切り込んだのが与謝野晶子でした。女性という立場上、発言が制限される社会の中でも、彼女は歌で表現することを生きがいとし、それで自由と権利をうったえました。
そんな彼女の心からの感情がのった歌だからこそ、多くの人の心を動かしたのだと感じます。
「歌は歌です。誠の心を歌わぬ歌に、何の値打ちがあるでしょう」
歌で自由を唱えた人。それが与謝野晶子という人でした。
与謝野晶子の名言からの学び。[未来を創造する]
自分の未来に発明を
今回の与謝野晶子の名言で印象的だったのが「創造は過去と現在とを材料としながら新しい未来を発明する能力です」という言葉でした。
「未来はどうなるかはわからない。予想しても無駄」
「未来は自分でつくるもの。未来は変えられる。」
ドラマや映画でも聞いたことがあるような言葉たち。
僕はどちらも間違ってなく、両方に正しい側面があると思っています。ですがどちら一方だけに偏った生き方にも違和感を感じたりもします。
わからないし、予測できない。だからといって何も行動しないと、変化はおきません。
今回の与謝野晶子の言葉で新たな学びは「未来を発明する」というワードでした。
過去の経験と現在の自分の持っているものを掛け合わせ、新たなものを生み出すことが未来であり、その結果が発明となる。
発明とは誰もやったことのない事を為すことです。できるかできないかわからない事でも信じてやる。それが成し遂げられた時に発明と呼ばれるようになります。
誰もみたことのない自分だけの未来だからこそ、その未来に残る発明を信じ、過去から学び、現代を生きる必要があるのだと、与謝野晶子の言葉に触れて感じました。
自分の未来に発明を
現代につながる女性の権利と自由を訴えた歌人、与謝野晶子の名言からそれを学びました。